紅葉に鹿(2)

鎌倉の中納言為相は、定家の孫なりし。相模の称名寺といふ律家の寺あり。かしこの庭に、山々にさきだち、いかにも早く紅葉する楓の木の候ふに、短冊をつけらる。
  いかにしてこの一本のしぐれけん山に先だつ庭のもみぢ葉
その翌年より、つねの色にかへり、紅葉をぞとどめける。

(『醒睡笑』巻之五)
 称名寺の「青葉楓」の起源譚で、謡曲「六浦」の題材にもなったエピソード。それにしても、山の木々より先に紅葉していた楓に呼びかけた為相の歌――どのようにしてこの一本の木だけに時雨が降ったのだろうか、山の木に先立って紅葉した庭の楓よ――に対して、その楓が紅葉することをやめてしまったというのは、いかにも過剰反応で滑稽味があります。為相にしてみれば、この早い紅葉を称賛することが眼目であったはずで、歌のために楓が紅葉するのをやめてしまった、というのではやや不本意であったでしょう。