『社長行状記』のワンシーンに登場する黄遵憲『日本雑事詩』の一首

 1966年公開の『社長行状記』は森繁久彌主演のコメディ映画ですが、ずっと前に録画していたのを見ていたところ、そのワンシーンに目が釘付けに。

 暖簾に書いてあるもの、何かよくわからないけれども、七言詩を読み下したものらしい・・?というわけで検索をかけたところ、判明しました。清末の文人で外交官、黄遵憲の『日本雑事詩』に収められている詩でした。

何物堅魚字所無  何物ぞ堅魚 字の無き所なるや
侯鯖御饌各登厨  侯鯖御饌 各々厨に登る
儒生習礼疑蚳醬  儒生 礼を習い 蚳醬を疑う
口到今人嗜亦殊  口 今人に到れば 嗜も亦た殊なり

(『日本雑事詩』平凡社東洋文庫、215頁)原詩には題はありませんが、ご覧の通りテーマは堅魚(かつお)なので東洋文庫本では仮に「かつお」という題を付けています。
 初代駐日公使の属僚として1877年に来日した黄遵憲は着任2年後の1879年に、日本の歴史・制度・文化・風物などを題材とした詩集『日本雑事詩』を著わします。平凡社東洋文庫本の解説によれば、この「かつお」詩は原本にはなく、改訂版に収められている由。中国に相当する魚がなく、表わす漢字がないという「かつお」に対する強烈な印象が残ったのでしょう。黄遵憲は「土州、勢州為最佳」(土佐と伊勢のものが一番美味しい)と証言しているので、実は好物だったかも?(一般的な評価を伝聞しただけかもしれませんが)
 ともあれ、こういったものが暖簾になっているのが素晴らしい。この暖簾は欲しい!60年代当時では料理屋には普通にあったのでしょうか?今もどこかにあるかな。読者諸賢からの情報を求む。