花札 の検索結果:

収穫

…件) を見る 昔、「花札」連載の「牡丹に蝶(4)」のところで「牡丹花下睡猫児」の句を『禅林集句』から引いたのですが、『随葉集』には、 ふかみ草には、 ねこ 蝶 牡丹花下睡猫 在心舞蝶とあり (65頁)とあって、むしろこっちの方で人口に膾炙したかもしれません。 古典文庫はほかにも、源氏物語抜書抄 (1980年) (古典文庫〈第404冊〉)作者: 稲賀敬二出版社/メーカー: 古典文庫発売日: 1980/05メディア: 文庫この商品を含むブログ (1件) を見る為季集―松平文庫本 …

牡丹花下睡猫児

… の補足です。この「花札」シリーズは思い入れがあるので、反応があると嬉しいですね。蓮さん、ありがとうございました。 万里集九の詩文集『梅花無尽蔵』に「猫児双蝶図」という詩が収められており、 使牡丹無乱後花 母猫不睡午陰斜 蝶衣薄褁誰春夢 容易双飛莫触牙 第一句の「乱」は応仁の乱のこと。「蝶衣」は宋詩でチラホラ見かけるようになりますが、蝶の羽を意味する詩語です。母猫は昼寝をしていない(目を覚ましている)ので、二羽の蝶は気をつけなさい、といった詩。 市木武雄氏の『梅花無尽蔵注釈 …

the 100 most beautiful words in English ほか

…もできそうですね〜。花札の48回連載も大変でしたけど、100語は一大事業になります。まあ、暇を見つけて。このリストにはないですけど、今すぐに思いつくなかでは、wisteria(藤)とかflorescent(花ざかりの)等の響きは好きです。 お次はアート。日本でこれをやったら法律違反かな?1ドル紙幣を利用してのコラージュ(作者はMark Wagner氏)。 HugeDomains.com - Shop for over 300,000 Premium Domains 信じがたい…

桐に鳳凰(4)

…検討してきたように、花札の図柄は古典的・伝統的美意識からはやや外れたものが多々ありましたし、今回も俗っぽい言葉遊びが発想のもとになっている可能性は捨て切れません。 それでも、私は別のかたちでこの「キリ」の意味を理解したいのです。 松と鶴という不変・長寿の象徴で始まり、天下の安泰に際して現われる瑞兆の鳳凰が住むとされる桐で終わる、というのは、祝福という点で意識的に首尾を対応させたものではないでしょうか。 長寿という個人の幸福と、天下泰平という共同体的な幸福を願う花札作者の祈りの…

桐に鳳凰(2)

そういえば、この「花札」シリーズで使用している札の図柄は「骸屋」さんという素材サイト(?)から頂戴したのですが、閉鎖してしまったのでしょうか・・・? 鳳凰はどのような姿をしているのか。中国の伝説上の皇帝である黄帝もその姿を見たことがなかったので気になったようで、臣下の天老という者に問うたところ、 天老対曰、夫鳳象、鴻前而麟後、蛇頸而魚尾、龍文而亀身、燕頷而鶏喙。 (『韓詩外伝』)その姿は、前が鴻(おおとり)で後ろが麒麟、蛇の首に魚の尾を持ち、文様は龍で身体は亀、顎が燕でくちば…

柳に小野道風(3)

…い紙を用いることは納得できるところで、花札で用いられる赤い短冊は王朝的美意識に反しているように思えます(参照、「菖蒲に八橋(2)」)。では、以下の例は?と反論があるかもしれません。 次の日、仲頼して御文あり。 いかにせん うつつともなき 面影を 夢と思へば 覚むる間もなし 紅の薄様にて、柳の枝に付けらる。 (『とはずがたり』巻二)これは、緑と紅の組み合わせによって、「柳に小野道風(2)」で紹介した『古今和歌集』の素性の歌「柳桜をこきまぜて」の趣向を表現しようとしているのです。

柳に小野道風(2)

…秋之月……玄鳥帰」(『礼記』月令)とあるように、冬には姿を消す渡り鳥なので、どちらも11月の札に出てくるのは不審だといわざるをえません。柳も基本的には春の風物――「見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける」(『古今和歌集』春上・素性法師)――です。 しばしば、花札は日本古来の季節感や美意識といったものを見事に演出している、といった話を耳にしますし、私もそれを否定するわけではないのですが、子細に見ていくと、オーソドックスな季節感から逸脱しているものがあるのもまた事実なのです。

柳に小野道風(1)

…飛で、後には終に柳の枝にうつりけり。道風是より芸のつとむるにある事をしり、学でやまず、其名今に高くなりぬ。 (三浦梅園『梅園叢書』上巻) 「三蹟」の一人に数えられる道風も、若い頃には書がなかなか上達せずに伸び悩んでいました。そんなある日、蛙が柳の枝に飛びかかろうと何度も挑戦してついには枝に移ったのを見て発奮し、たゆまざる努力の末に名人になれた、という教訓話。花札の図柄の典拠として有名なエピソードですが、意外なことに、古い文献には見当たらず、比較的新しく成立した説話のようです。

遂に五年目

…集編ですが、今年は[花札]の記事が多かったので他が割をくいました。 [馬]カテゴリ 無反省 - Cask Strength 馬インフルエンザの広範囲の伝染が去年の最大の競馬ニュースの一つですが、JRAの対応のまずさには目を覆いたくなりましたね。こんなので競馬先進国を自認できるのでしょうか。 [雑]カテゴリ 憲法十七条と十七条憲法 - Cask Strength ご存知の通り、原理主義的な、衒学的な「正しい言い回し」「正しい用法」の議論を私はたびたび批判してきました。「誤った」…

紅葉に鹿(3)

…、この歌の「紅葉」は花札の図柄のような、楓の紅葉でしょうか。 これはもともと『古今和歌集』所収歌で、この歌の後には、「秋萩に うらびれをれば あしひきの 山下とよみ 鹿の鳴くらむ」「秋萩を しがらみふせて 鳴く鹿の 目には見えずて 音のさやけさ」「秋萩の 花咲きにけり 高砂の 尾上の鹿は 今や鳴くらむ」と、鹿と萩とを詠んだ歌が三首並び、さらに萩を詠んだ歌が六首続くという構成になっています。この歌の「紅葉」も、萩が色づいたものだと考えるのが穏当でしょう。少なくとも、『古今和歌集…

紅葉に鹿(1)

…ない、ということで、花札でも残りの三ヶ月は「花」の札ではありません。十二月の桐に花が咲いているではないか、と指摘されそうですが、桐の花は五月頃に開花します。 紅葉の10点札。鹿が横を向いていることから、俗語「しかと」(紅葉の10点札ということで、「鹿十」)の由来がこの札であると喧伝されていますが、私は疑っています。鹿は取り合わせの景物である紅葉のほうにちゃんと視線をやっているのですから、そっぽを向いているわけではありません。これが、無視する、を意味する言葉の語源になりうるでし…

菊に盃(4)

…ています。ちなみに、花札に描かれる菊は、おそらく花弁の表裏で色が異なるもので、その様子は「美濃菊」の一種によく似ていますね。(参照、http://3922160.at.webry.info/200611/article_1.html) 菊といえば白か、黄か、などといった素朴な代表争いは近世で終わりを告げたのです。そもそも、紅色や紫色などの花弁の品種も増加し、白菊・黄菊の地位はともに相対的に低下してしまいました。 人工美が極致に達したとき、それに対する反動が出るのも、当然の流れ…

菊に盃(2)

…ると、ここで六条御息所が贈った菊は、花札に描かれているような黄菊ではなく、白菊であった可能性が高いです。 実際、『源氏物語』には白菊に言及したものが多く、例えば、紅葉賀の巻では源氏と頭中将が「菊の色々うつろひ、えならぬをかざして」青海波を舞いますし、藤裏葉の巻でこのことを回想している二人は菊を折って歌をよみあうのですが、大臣(頭中将)の歌に、 むらさきの 雲にまがへる 菊の花 にごりなき世の 星かとぞ見る とあることから、これも白菊が紫に変色したものを詠んだことが明らかです。

月に芒(4)

花札の図柄を詠んだような歌を、もう一首。 武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ 『甲子夜話』(巻七十)で「古歌」、『徳永種久紀行』(「ゑどくだり」)でも「古き歌」とされていて、近世初期にはよく知られていた古い和歌のようですが、素性がよくわかりません。歌のできばえはともかく、武蔵野の広大さと冷涼さを平明に詠んでいて、親しみやすく、耳には残りますね。 さて、上の句は『続古今和歌集』に収録されている源通方の歌とそっくりです。 武蔵野は 月の入るべき 峰もなし…

芒に月(3)

…武蔵野のススキを詠む歌を取り上げたのは理由があります。濱口博章・山口格太郎『日本のかるた』(95頁)が古い花札の写真を紹介しており、芒のカス札二枚には『新古今和歌集』所収の和歌の上の句と下の句が書き添えられているのです。*1 行く末は 空もひとつの 武蔵野に 草の原より 出づる月影 (『新古今集』秋上・藤原良経)――私が歩んでいく道の果て、空と地が一つになって見える武蔵野の草の原からのぼる月の光よ。 *1:菖蒲のカス札二枚には、例の「からころも・・・」が書き添えられています。

新潟大賞典 京都新聞杯・予想

…最近、時間がなくて[花札]を更新していませんねorz 新潟大賞典 新潟・2000メートル JpnIII・4歳上・ハンデ 15:30発走 ◎ ブライトトゥモロー(6枠12番) ○ スウィフトカレント(8枠16番) ▲ サンライズマックス(7枠14番) △ カンファーベスト オースミグラスワン マンハッタンスカイ 京都新聞杯 京都・2200メートル JpnII・3歳・馬齢 15:45発走 ◎ メイショウクオリア(6枠11番) ○ マイネルローゼン(2枠4番) ▲ グローリーシーズ…

風邪

悪性の風邪にやられて、ここ十年以上皆勤を続けていた某寄り合いを病欠しました・・・orz みなさまも手洗いとうがいの励行を心がけてください。 というわけで、まだ病み上がりですが、ご無沙汰してしまった[花札]ネタ再開です。

菖蒲に八橋(1)

…物語』第九段) なぜ花札では「杜若に八橋」ではなく「菖蒲に八橋」と呼ぶのかは、「あかよろし」に並ぶ花札の謎です。 おそらく、これも博徒のシャレで、「菖蒲」の音読みと「勝負」との掛詞でしょう。「いづれアヤメかカキツバタ」といわれるようによく似ていますが、花の見分け方は比較的容易で、花弁の白い部分が網目(文目=アヤメ)模様になっていたらそれはアヤメ、そうなっていなければカキツバタです。 ちなみに菖蒲湯のときに使う「菖蒲」(ショウブ)と、いわゆるアヤメ(ハナアヤメ)は、全く別の種な…

梅に鶯(4)

…ょっと離れた平野部等では鶯を見かけることはほとんどありませんね・・・。 花札の絵柄によって、お互い不名誉な扱いを受けている鶯とメジロですが、ご安心を。仲は良いようです。 さざらをとどりは、めじろといふ鳥なり。 鶯の梅の花笠ぬひをればてちたいしけりささらをと鳥 (『貞徳翁の記』「雑談聞書」)――鶯が梅で花笠を縫っていると*1、メジロがお手伝いをしているよ。 *1:鶯は青柳の葉を糸にして梅の花笠を縫うとされます。「青柳を片糸に縒りて鶯の縫ふてふ笠は梅の花笠」(古今集・神遊びの歌)

松に鶴(4)

…ことはないそうです。花札の鶴が松の枝にとまっているわけではないというのが、そういう生態学の知見に基づく描写なのかどうかはわかりませんが。 かくて、宇多の松原を行き過ぐ。その松の数いくそばく、幾千年経たりと知らず。もとごとに波うち寄せ、枝ごとに鶴ぞ飛びかよふ。おもしろしと見るに堪へずして、船人のよめる歌、 見渡せば松のうれごとにすむ鶴は千代のどちとぞ思ふべらなる とや。この歌は、ところを見るに、えまさらず。 (『土佐日記』一月九日)そこで、この有名な一節に出てくる「鶴」は、実は…

松に鶴(2)

…文字が書かれていて、花札最大の謎となっています。おそらく古歌の一句に偽装しているのでしょう。 その意味について、 花札の松・梅の短冊の札に記されている文言。「明らかに宜しい」の意か。 (http://d.hatena.ne.jp/keyword/あかよろし) というのはいかがか。多分、そういう用法はない。「あか下手」とか「あか恥」とか、接頭辞的に名詞に付いて意味を強めることはありますけど。普通に、色名「赤」なのだと思います。 丹鳥、其形白鶴の如し。色は黒し。頭赤く、足黒し。松…

松に鶴(1)

…ハ鶴巣食、巌ノ上ニハ亀遊 (『源平盛衰記』巻十七「祇王祇女」)長寿を予祝するめでたい今様。松は常緑樹で永遠の象徴(「巌」と対になっている)、鶴亀はご存知の通り長寿ですから、松と鶴の取り合わせの意味は、この線で了解されますね。 君が代は千代に八千代に的なところがあるので、明治四十五年の歌会始では題にもなっています(「松上鶴」)。その際の天皇の御製。まるで花札の絵柄を詠んだかのような。 朝づく日 とよさかのぼる 山松の 梢をしめて たづそ鳴くなる 「たづ」というのは鶴の雅語です。

花札雑談

…な内容を徒然と書き続けてきましたが、これを機に紙面(と言うのか?)刷新して、競馬・酒カテゴリ以外は小ネタ集的なものにしてみようかと思い立ちました。 途中で挫折する可能性も高いですが・・。 でも、日々の調べ物で小ネタは少なからず集まってはいるのです。ネタ帳に腐らせておくのももったいない気がするので、みなさまに披露するのも一興かと。お目汚し失礼しますが、軽く読み流してもらえば。 最初のお題は、ちょうど内輪的な話題にもなったので、「花札」にします。 12ヶ月×4枚=48回シリーズ!

花札

…いのですが) 例のフラッシュ紅白にも参加していた作品、http://www.geocities.jp/swimworm/hana_hi.htm は御覧になりましたか?なかなかの出来だと思うのですが、ちなみに、花札関連のサイトといえば、断然これがイチオシです。 花札 今様花袷はせ絵巻 残念なのは、図柄の説明部分がまだ準備中であること。解説が見られるのは、一月(松に鶴)・二月(梅に鶯)・五月(菖蒲に八橋)・八月(月に芒)のみ。 *1:雑誌・新聞などの余白を埋めるために使う短い記事