「手をすりのたまへど」

 かぐや姫の求婚者が五人の貴公子に絞られた段階でも、姫からは色良い返事がない。しびれを切らした彼らは翁をつかまえて直訴します。

この人々、ある時は竹取を呼び出て「娘を吾にたべ」と、ふし拝み、手をすりのたまへど「をのがなさぬ子なれば、心にも従はずなんある」と言ひて、月日すぐす。

阪倉篤義校訂『竹取物語岩波文庫、12頁)この「手をすり」という動作、普通の英訳では動詞 rub を用います(川端康成・ドナルドキーン『竹取物語 The Tale of the Bamboo Cutter』講談社、21頁等多数)。
 そこで、この訳文をもとに、主に英語圏から来た留学生たちに求婚者の動作を再現させると、多くの学生が間違えます(もちろん、正しい動作をする人もいます)。たいていは、胸や腹のすぐ前辺りで手を洗うように手の平を擦る動作をします。

(image source:Hand and arm gestures - Body Language)おいしそうな料理や未開封の贈り物を目の前にしたときや、ちょっと嬉しい時にするジェスチャーですね。日本人の女の子で同じシチュエーションなら、手を摺るかわりに小さく拍手するような感じ。しかし、当然のことながら、これは懇願、哀訴の場面に似つかわしくない動作です。

ゴチになります」(image source:The Ill Community - The Reason - AllHipHop.comかぐや姫逃げてー!
 少数ですけど、いわゆる「揉み手」のような動作をする人もいます。物欲しげな気持ちを少し卑屈に表わすものとして広い地域で共通しているジェスチャーなのでしょうか。

 まあ、何というか、これでは貴公子ではなくて不正な商売をしているあきんどだよ・・・
 正解はもちろん、神仏を拝むときに手を擦る動作でして、それを示すと学生たちは一様に、「そりゃそうだ!」と一本取られたような顔をします。

粉河寺縁起のクライマックス。『日本の美術 298 絵巻 信貴山縁起と粉河寺縁起』至文堂。第16図)
 しかし、そう納得してもらったところで、今度は「では、この場面を余計な注釈や解説なしで翻訳するとしたら、どんな英語が適切かな」と訊くと、やはり困ってしまうようだ。
 「rub としか言いようがない・・・」「fold はどうでしょう?」
 「fold は祈る動作でいいけど、擦っているかな?」
 「chafe は?」
 「あれは寒くて手を擦って温める動作だからねー」
・・・などということをチューターの時とかに昔やったことがある、というお話。