花札
梧桐鳳凰 みそのふの 青桐咲けり 香をとめて うづのさか鳥 今か来啼かむ (田安宗武『悠然院様御詠草』)――御園の青桐が咲いたよ。その香りを尋ねて、貴い瑞鳥(鳳凰)が今にやって来て鳴くだろう。 どう考えても季節の合わない桐を最後に配した理由は何だっ…
鳳凰は空想の生き物ではありますが、前近代東アジアの為政者にとっては、自らの治世に出現することが切望された鳥でした。 祥瑞。 ……鳳。【状如鶴。五綵以文。鶏冠、燕喙、蛇頭*1、龍形。】…… 右、大瑞。 (『延喜式』巻二十一、治部省) 当時の政治思想によ…
そういえば、この「花札」シリーズで使用している札の図柄は「骸屋」さんという素材サイト(?)から頂戴したのですが、閉鎖してしまったのでしょうか・・・? 鳳凰はどのような姿をしているのか。中国の伝説上の皇帝である黄帝もその姿を見たことがなかった…
桐の20点札。桐の上で大きく羽を広げる鳳凰。 鳳皇鳴矣 鳳皇鳴く 于彼高岡 彼の高岡に 梧桐生矣 梧桐生ず 于彼朝陽 彼の朝陽に (『毛詩』大雅・巻阿)梧桐はアオギリのこと。「鳳皇之性、非梧桐不棲」――鳳凰は梧桐の木でなければ棲まない――というのが伝統的…
柳のカス札。太鼓に鬼(雷神)の手。 柳は基本的には春の景物だと言いましたが(「柳に小野道風(2)」)、四季を通じて目を楽しませてくれますね。上島鬼貫はその折々の美しさを、 柳は、花よりもなを風情に花あり。水にひかれ風にしたがひてしかも音なく…
私事でバタバタし、更新が滞りまして。 柳の5点札、赤い短冊。『枕草子』の「なまめかしき物」の段に「柳の萌えいでたるに、青き薄様に書きたる文付けたる」とあり、柳の枝に青色系統の料紙を添える例は、 しりへのかたのかぎり、こゝにあつまりてならす日、…
柳の10点札。柳の枝の間を縫って飛ぶ燕が描かれています。 紫燕は、柳樹の枝にたわぶれ、白鷺は、蓼花の蔭にあそぶ。かやうの鳥類までも、おのれが友にこそまじわれ。 (『曾我物語』巻九・十番ぎりの事)自分と相性の良い相手と交わることの譬えとして取り…
柳の20点札。雨が降るなか、柳の枝に飛びつく蛙の様子を眺める小野道風。 小野道風は、本朝名誉の能書なり。わかゝりしとき手をまなべども、進まざることをいとひ、後園に躊躇けるに、蟇の泉水のほとりの枝垂たる柳にとびあがらんとしけれどもとゞかざりける…
鹿と紅葉した萩の取り合わせは初秋から中秋にかけての風物ですが、紅葉に鹿(1)で取り上げた謡曲「紅葉狩」の場面のように、晩秋の落葉のなかに鹿が描かれることも多いです。 龍田山 梢まばらに なるままに 深くも鹿の そよぐなるかな (『新古今和歌集』…
紅葉に鹿と来れば、まずこの歌を挙げるべきではないか、という声が聞こえてきそうです。 奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき 百人一首にもとられている有名な歌で、お叱りごもっともなのですが、躊躇すべき点がなきにしもあらず。果たして…
鎌倉の中納言為相は、定家の孫なりし。相模の称名寺といふ律家の寺あり。かしこの庭に、山々にさきだち、いかにも早く紅葉する楓の木の候ふに、短冊をつけらる。 いかにしてこの一本のしぐれけん山に先だつ庭のもみぢ葉 その翌年より、つねの色にかへり、紅…
面白や頃は長月二十日あまり、四方の梢も色々に、錦を彩る夕時雨、濡れてや鹿のひとり鳴く、声をしるべの狩場の末、げに面白き気色かな。 (「紅葉狩」) 「不是花中偏愛菊 此花開後更無花」(『和漢朗詠集』「菊」)、菊が咲き終わったら春までほかに花はな…
菊花 には、 大りん と 小りん と あり、 又 白黄 かば 紅 桃 等 の 色 ありて、 其 しゆるゐ 甚だ 多し。 此等の しゆるゐ は、 おほかた やしなひ に よりて、 変じたる もの にして、 新 なる しゆるゐ は、 多く 実生 より 作り出す なり。 (『尋常小学…
日本で非常に愛好された白菊が原産地の大陸で不振だった理由は、菊の本来の色は黄であるという意識が強く、それは『礼記』(月令)に「季秋之月……鞠有黄華」(九月には……菊に黄色の花が咲く)とあることに由来するのでしょう。范成大『范村菊譜』では、 菊有…
5点札は、菊に短冊。 深き秋のあはれまさりゆく風の音身にしみけるかな、とならはぬ御独り寝に、明かしかねたまへる朝ぼらけの霧りわたれるに、菊のけしきばめる枝に、濃き青鈍の紙なる文つけて、さし置きて往にけり。いまめかしうも、とて見たまへば、御息…
菊の10点札、菊花とともに、「寿」の字が書かれた赤い盃。 九月九日、佩茱萸、食蓬餌、飲菊華酒、令人長寿。菊華舒時、并採茎葉、雑黍米醸之、至来年九月九日始熟、就飲焉。故謂之菊華酒。 (『西京雑記』上巻)――九月九日には茱萸(ぐみ)の実を身につけ、…
花札の図柄を詠んだような歌を、もう一首。 武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ 『甲子夜話』(巻七十)で「古歌」、『徳永種久紀行』(「ゑどくだり」)でも「古き歌」とされていて、近世初期にはよく知られていた古い和歌のようで…
日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身にしむ、その時は路をいそぎたまえ、顧みて思わず新月が枯れ林の梢の横に寒い光を放っているのを見る。風が今にも梢から月を吹き落としそうである。突然また野に出る。君はその時、 …
芒の10点札、ススキの原の上を三羽の雁が飛ぶ。 おちる木の実の夜をこめて 納戸で蟲がなきあかす。わたる野分にさらさらと 月さす背戸のすすき原。がんがんがん、かりがねさん わたる月夜の、かりがねさん。水瓜ぬすつとみつけたら がんがんがんと、鐘ならせ…
八月の20点札、ススキ(尾花)の野の上に満月。「坊主」とも呼ばれる札なので、僧の歌を一首。 月を読侍ける 法印能海 出るにも 入るにも同じ 武蔵野の 尾花を分る 秋の夜の月 (『玉葉和歌集』雑一)
京都の西を守護する愛宕神社の神使が猪であることはよく知られており、十一月に行なわれる亥猪(いのい)祭では、火除けの効験があるという亥の子の御符がもらえます。 愛宕の神使が猪となった由来については諸説あるようで、井上頼寿『改訂京都民俗志』は三…
萩に猪(2)で紹介した俊頼・仲実の歌にある通り、古典における伝統的な取り合わせは萩と鹿であって、萩と猪ではありません。 「秋萩を 妻問ふ鹿こそ・・・」(『万葉集』巻九・1790)などとあるように、萩は鹿の妻なのです。 我が岡に さ牡鹿来鳴く 初萩の 花…
萩の5点札、萩に短冊。 折句歌 藤原仲実朝臣のもとにうしかりにつかはしけるとき萩の枝につけて 俊頼朝臣 うらむとは しらでやしかの しきりには 萩のはひえを しがらみにする (『新拾遺和歌集』雑歌下) 牛を借りるというのは、現代でいえば車を借りる、く…
7月の10点札。猪は草などを敷きつめて寝床にするらしく――実際どうなのかは知りません――萩もその材料となったようです。 猪のしゝのねがえりにちる萩の露 二蝶 (『柳多留』四十六編)
菖蒲に八橋 業平の「かきつばた」の歌は折句の代表作ということになっていますが、「かきつばた」の五文字を句の末に置いた狂歌、 尋ねしが はなの紫 今はさめつ そのあとみれば みな麦のはた は諧謔のなかにも今はなき杜若咲き誇る八橋への郷愁が率直に詠ま…
桜に幕 大陸原産の梅のライバルは、もちろん、我が国花、桜です。 宇治殿*1、四条の大納言公任卿*2と、「春秋の花、いづれかすぐれたる」と論ぜさせ給ひけり。「春はさくらをもて第一とす。秋は菊をもて第一とす」と、宇治殿おほせられければ、大納言、「梅…
もともとこぼれ話ですが、そのこぼれ話からさらにこぼれた話を。 松に鶴 宇宙からツルを追う―ツルの渡りの衛星追跡作者: 樋口広芳出版社/メーカー: 読売新聞発売日: 1994/05メディア: 単行本この商品を含むブログ (1件) を見る 松に巣食うわけではない鶴は、…
元祖ふとねこ堂さんの「天狗印 花猫札」には全ての札に猫が描かれているようで、なかなか素敵ですね。ただ、ひょっとすると作者が意図しなかったことかもしれませんが、牡丹と猫だけは「ネタ」では済まない古典的な相性の良さがあります。画題としても一般的…
荘子が夢のなかで蝶となって飛ぶというのはよく知られた故事で、数多くの文学作品等の題材となったのですが、その典拠である『荘子』(斉物論篇)では、 昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。自喩適志与。不知周也。俄然覚、則??然周也。不知周之夢為胡蝶与、胡…
牡丹の5点札は、青い短冊。牡丹・菊・紅葉の短冊を揃えると青短の役が成立します。 ・・・丁度三人なれば未だ知られぬ大尽に花合せの大概を、斯る手が光一かかる手が赤、是れが烏で是が三本、青の短冊揃へたが何に、梅松桜を揃へたが何と教へがてらに四五番…