岩波文庫『万葉集(五)』

万葉集(五) (岩波文庫)

万葉集(五) (岩波文庫)

 まだ本書を詳細に検討しているわけではないのですが・・・
 巻十八・4073歌前書簡。この書簡の「先の書に云はく・・・」の「先の書」について、新大系はこれが大伴家持か大伴池主か「二人のどちらの書状か不明」(210頁)と慎重な態度をとっていましたが、文庫本では「万葉集に載せられていない、家持の書状であろう」(53頁)と、通説を追認するかたちになりました。
 巻十八・4134(題詞「宴席詠雪月梅花歌一首」)。雪・月・花を作品内に詠みこむ例として、新大系白居易「寄殷協律」を挙げていましたが(256頁)、さすがに時代が下るということでしょうか、文庫本では南北朝時代の庾肩吾「和徐主簿望月」の例を挙げています(99頁)。しかし、そんなことよりも、そもそも「詠A・B・C(詩)」という例が、当時の唐土に普通にあったのだろうか?
 巻十九・4211(題詞「追同処女墓歌一首并短歌」)。どの歌に「追同」したのかということについて、新大系は、

「蘆屋の処女の墓に過りし時に作りし歌」(一八〇一題詞)、「菟原処女の墓を見し歌」(一八〇九題詞)に、時代を隔てて和した歌。

とする(311頁)。つまり、両方(and)の作品に追和したという理解ですが、文庫本では、

田辺福麻呂歌集(→三〇八頁)の「蘆屋の処女の墓に過りし時に作りし歌」(一八〇一題詞)、または高橋虫麻呂歌集(→三〇七頁)の「菟原処女の墓を見し歌」(一八〇九題詞)に、家持が後に和した歌。

(143頁)と、どちらか(or)に和したのだという微妙な違いがあります。注を見れば了解されるように、やはり基本的には虫麻呂歌集の歌と対応しているように思われます。
 巻十九・4291。いわゆる絶唱三首の一つ。「いささ」は古来諸説ありましたが、新大系では「第二句の「い笹」の「い」は接頭語」とした上で、「「いささ」を「いささか」の意とする説もある」(358〜359頁)としていたものが、文庫本では「ささやかな竹林」と現代語訳した上で、注で「第二句の「いささ」を「斎笹」、神聖な笹の意とする説もある」(193頁)というように、いわば両説の立場が逆転しているのが興味深い。
 巻二十・4485の新大系の注(この4483〜4485は時代背景を考えると非常に興味深い歌群なのですが)が文庫本では簡略化されているのは、少し惜しい気がします。


 どうでもいいですけれども、うーみーゆーかばー(巻十八・4098)は私のカラオケの十八番です。「歌詞:大伴家持」と画面に出てくるぜ!(たしかにそれは間違ってはいないのだけれどw)
参考:
岩波文庫『万葉集(四)』 - Cask Strength
岩波文庫『万葉集(三)』 - Cask Strength
求む:「岩波文庫『万葉集』についての覚え書(仮称)」 - Cask Strength