古典文学に見られる吃音の実例

 遅ればせながら「英国王のスピーチ」(The King's Speech)を借りて観ました。

英国王のスピーチ コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]

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 吃音症は本当に苦しいでしょうね・・・。古くは韓非子が悩まされていたという代物でして、人類が言語能力を獲得して以来の最古の難病の一つではないでしょうか。
 古典作品のなかで実際の吃音の語気を表現したというものが稀にあります。本当に稀だと思うのですが、有名なのは「期期」(漢の周昌)「艾艾」(魏の訒艾)や又平(近松『けいせい反魂香』)の台詞といったところ。それも含めて今まで気づいた例を抜き書きした未定稿のメモがありますのでアップします。これ以外にも若干あるのですが、読解に少々不安があるので、それはまたいずれ。他にもお気づきの例がありましたら御教示ください。

…心気をわかし、女房を引き退けてつゝと出で。師匠の前に諸手を突き、唾をのみこんで。この討つ手には拙。拙者が参り。姫君も、ゴウ御朱印も。ウヽ/\/\うば奪ひ取つて帰りましよ。…

等々(『けいせい反魂香』、新編日本古典文学全集)

…誰が知らせてや。女房お勝走出。「コヽツこう」…「ナアナヽヽヽアなゝん何とウヽウロ/\/\ウヽうろたへてござつた口こそ叶はね。コヽツこなたのニヨウによん女房。勝が預かつて来たからは気遣ちやゝつちやるな。やんがてぱぱぱゝ゜ばあちやま連れて抜けて帰る。抜けて戻る」…

等々(『信州川中島合戦』第三、新日本古典文学大系。脚注「吃りの趣向はけいせい反魂香の浮世又平が著名であるが、元禄十四年(一七〇一)京早雲座の今様能狂言でも坂田藤十郎の吃りに女房役の高島おのへも女の吃りに扮する先例がある」)

…花や咲らんといはんとて、さてもげになどと無用のことを多云たるは、どもれる人の、はゝはゝ花や咲くらんといへるに同じからんや。

(作者未詳『連歌初心抄』、中世の文学・連歌論集四)

どもりのうた、
秋の野にかゝ風吹ばそゝそよぐたゝたれまねくはゝはつを花   武者小路中納言

(志賀理斎『理斎随筆』巻五、日本随筆大成)

而周昌廷争之彊、上問其説、昌為人吃、又盛怒、曰「臣口不能言、然臣期期知其不可。陛下雖欲廃太子、臣期期不奉詔」上欣然而笑。

(『史記』周昌伝)

訒艾口吃、語称「艾艾」晋文王戯之曰「卿云『艾艾』、定是幾艾」対曰「『鳳兮鳳兮』、故是一鳳」

(『世説新語』言語篇)

  吃人
隋朝有人、敏慧、然而口吃、楊素毎閑悶、即召与劇談。嘗歳暮無事対坐、因戯之云「有大坑深一丈、方円亦一丈、遣公入其中、何法得出」此人低頭良久、乃問「有梯否」素曰「只論無梯、若論有梯、何須更問」其人又低頭良久、問曰「白白白白日、夜夜夜夜地」…

等々(『啓顔録』、『太平広記』巻248所引)

…時盧肇・丁稜及第。肇有故。次乃至稜。口訥、貌寝陋。迨引見、連曰「稜等登」蓋言「登科」而卒莫能成語。左右莫不大笑。後為人所謔云「先輩善弾箏」諱曰「無有」曰「諸公謁宰相日、先輩献芸云『稜等登、稜等登』」

(『唐語林』巻七、唐宋史料筆記叢刊)
 最後の『唐語林』のエピソードは「稜等登、稜等登」(leng deng deng、leng deng deng)が箏の擬音語になっているという趣向。