2013年にやりたいこと

 2013年にやりたいこと
 もうすでに年始に目標は書いてしまいました。

最終的に、今年の新年の目標は「この3カ月で35本くらい論文を精読する」に落ちつきました(というか、これでも十分ハードル高くないか?)。よろしくお願いします。

http://d.hatena.ne.jp/consigliere/20130101/1357014981

 あとは目標達成に向けて邁進するだけなのですが、すでに遅れ気味^^;
 さて、これだけでは記事としてつまらないので、論文を精読するというのはどういう営みなのか、ちょこっとだけ書いてみます。
 論文を読んで勉強するというのは、

  1. 論者の研究(読書)を追体験する
  2. 疑ってみる、異議申し立てをする
  3. 自分なりに論を広げる



 ということにほかなりません。二つ目と三つ目はある程度蓄積がないと無理ですけど、要するに「ここはスンナリとは了解できない」「オレだったらこういうことも調べたい」というメモ程度でいいのです。将来、力を蓄えてからそこに立ち戻りましょう。
 先日たまたま「岩波人文書セレクション」版の東野治之氏『書の古代史』を古書店で購入したので、それを例にとりましょう。

書の古代史 (岩波人文書セレクション)

書の古代史 (岩波人文書セレクション)

 第一章冒頭の「1 稲荷台古墳の「王賜」銘鉄剣」より。なお、 鉄剣・鉄刀銘文 - Wikipedia

銘文を読み下すと、「王、……を賜う。敬んで安ぜよ。此の廷(刀)は、……」となる。(中略)古く中国では、「安」は「案」や「按」と通じて使われている(李鍌『昭明文選通叚字考』台湾嘉新水泥公司、一九六四年、方文輝『中医古籍通借字古今字例釈』科学普及出版社広州分社、一九八二年など参照)。

(12〜13頁)
 ある漢字が別の字と「通」じるとはどういう意味かという問題もありますが、それはさておき、こういう場面に出くわしたら、第1ルールとして、言及されている文献に直接目を通すことが必要になります。
 それで、これは私のテキトーな想像なのですが、この場面に関しては多くの方がその勉強を怠っているのではないでしょうか。初版の段階ですでに書名に誤りがあって、それが「岩波人文書セレクション」版においてもなお訂正されていないからです(細かい点なので指摘するまでもない、と考えた読者も多いのかもしれませんけど)*1

 http://goods.ruten.com.tw/item/show?21006121318487
『昭明文選通叚"文"字考』
 実際に本書を手にとろうとして調べれば、すぐに気づく脱字ですね。
 さて、今回の『昭明文選通叚文字考』や『中医古籍通借字古今字例釈』のように容易に入手できそうにないものが参考文献として挙げられているケースも珍しくありません。その場合でも、類書を用いて(たとえば『古字通仮会典』等)「「安」は「案」や「按」と通じて使われている」という主張の当否を自分で確認する作業をするわけです。

「按」は「つかむ」「なでる」の意だから、ここは王から賜った剣をつつしんで取るように、ということである。後世の例だが、『延喜式』(刑部省)に「剣を案じて戮す」と処刑の様子を記しているのは、「剣をとって」の意味である。

(13頁)
 第2ルールとして、素朴な疑問を大事にするということで、この箇所も虚心になって読めば、少し不思議ですよね。「按」という字の話をしていたはずなのに、「剣をとって」の例文として挙げられているものは「案」の字が使われている・・・。初学者たちは素直にこういう箇所で立ち止った方がいいと思います。その辺の事情については承知している、という方々も、せっかくなので、漢和辞典を念のために引いてみてはいかがでしょうか。
 そして、『延喜式』を調べてみた方は驚くことになるでしょう。10世紀の典籍。「後世の例だが」と断ってはいますが、いくらなんでも鉄剣銘と時代がかけ離れているではないか。もっと古い時代に「剣を按ず」「剣を案ず」という用例はあるのではないか?あるいは、そもそも、こういう下賜品に「敬んで〇〇を〇〇せよ」という文言を刻むのはどれくらい一般的なのだろうか・・・とまあ、関心が広がっていけば3つ目の点につながっていくわけです。
 結果的に、異議申し立てにつながらず、論者の主張を追認するに終わるということは非常に多い。でもそれは徒労ではないですよ。
 これでもうおわかりでしょうけど、論文を読むに際して一番大事なのは「どの論文を勉強するか」なのですよねー。勉強するだけの時間と労力を割くに値する論文だけを読んでいく(なお、『書の古代史』は味読すべき本です)・・・そんな幸せな時間がいっぱいあるといいのですが。

*1:「岩波人文書セレクション」版で訂正や加筆が行なわれている箇所もあります。24頁、47頁、72頁等。