古典和歌をこれから読む人が予備知識のために読んでおきたい5+1冊



 大学新入生、あるいは勇退されて四月から自適な生活を送っている団塊の世代の方々。この季節はきっと「〇〇を読んでみよう」という心意気を持った人が増える時期ですよね。古典和歌の場合は、『ちはやふる』などを読んで関心を持った方々も多いのでは。
 私は和歌を専門的に勉強してきたわけではありませんが、自分なりに試行錯誤したことがあって、少しは役に立つかもしれないと思い、今年度は、古典和歌をこれから読もうとする人向けの入門書的な本を紹介いたします。書き方がやや上から目線になってしまうのは、こういう文章にはある程度仕方のないことなのでご容赦を。
 まずは+αの1冊から。これは要するに、古典和歌に限らず、文学作品を楽しむのであれば目を通しておいたほうがいい1冊だという心づもりです。
レトリック感覚 (講談社学術文庫)

レトリック感覚 (講談社学術文庫)

 名著なので、すでにご存知の方も多いはず。講談社学術文庫に入っている佐藤信夫氏のシリーズのうち、当面は本書と『レトリック認識』の通読をお薦めします。解説されている修辞法は「直喩」「隠喩」「換喩」「提喩」「誇張法」「列叙法」「緩叙法」(以上『レトリック感覚』)「黙説あるいは中断」「ためらい」「転喩あるいは側写」「対比」「対義結合と逆説」「諷喩」「反語」「暗示引用」(以上『レトリック認識』)。古典和歌を味わうにあたっても重要なレトリックばかりです。たとえば「恋するに死にするものにあらませば我が身は千度死にかへらまし」と来れば「誇張法」の章を思い出すでしょうし、「見渡せば花も紅葉もなかりけり・・・」では「緩叙法」が想起されます。
和歌とは何か (岩波新書)

和歌とは何か (岩波新書)

「うた」をよむ―31字の詩学

「うた」をよむ―31字の詩学

 入門書としてはこの2冊を紹介すれば十分ではないか、と実は思っています(後者の方が記述が専門的な部分があります)。ともに巻末の参考文献がこの先の道しるべとなるでしょう。
 中高の国語の授業内の説明で、和歌特有のレトリックたとえば「縁語」とは何か皆さん理解できたでしょうか。「枕詞」がなぜ使われたのか納得したでしょうか。是非その意味を再確認してみてください。
 『【うた】をよむ』の第四章「一首をよむ」は特に見逃せません。上代〜現代を6つの時代に分け、それぞれの時代の作品を1首選んでそれを詳しく評釈するもので、専門家が三十一字の小宇宙を相手にどのように格闘しているのか、その舞台裏が垣間見えて参考になります。
王朝びとの四季 (講談社学術文庫 392)

王朝びとの四季 (講談社学術文庫 392)

 和歌でとりあげられる大きな題材の1つは言うまでもなく季節折々の風物でして、四季の景物や行事に取材した作品が非常に多い。季節的景物や行事の文化的背景を説明する入門書として、民俗学的な理解に引きつけ過ぎているところも見受けられますけど、本書は適切です。こういう解説書のなかには、古記録や儀式書の利用を主とし物語や和歌の利用を従とするものもありますが(それはそれで大いに有意義なのですが)本書は物語や和歌が多く引かれ、その点でも便利です。
源氏の恋文 (文春文庫)

源氏の恋文 (文春文庫)

 季節の歌と双璧をなすのが恋歌ということになります。
 本書が和歌の参考書として挙げられることは少なく、それもそのはずで、表題通り、本書は『源氏物語』に出てくる手紙のやりとりの場面を主にとりあげるエッセイだからです。しかし、恋歌は、現実の王朝世界では贈答歌というかたちで詠まれることが多く、その贈答歌は手紙でやりとりするのが普通です。なので、手紙の場面を読むというのは、ほとんどの場合、恋歌のやりとりの場面を読むのと等しい。そして『源氏物語』は恋歌の宝庫。恋の贈答歌だけでなく、王朝時代の手紙の様式や書に関わることがらを幅広く平易な文章で評論している本書は王朝文化の雰囲気を間近に感じさせる好著です。
歌枕 (1977年) (平凡社選書)

歌枕 (1977年) (平凡社選書)

 もう1つ和歌の表現で重要なのは、和歌に詠まれる地名、つまり「歌枕」です。歌枕も、四季の景物と同様に、背後に特定のイメージを背負って表わし出されます。それを調べるための辞典類はありますが、概説書は意外と少なく、やはり本書を第一に挙げるべきかと思います。一般向けにしては水準の高い箇所もありますが、少なくとも本書の「序章」と「歌枕の世界」全7章は基本的なこととして読んでおいたほうがいいでしょう。
 上の5冊を読み通すだけでかなりの数の和歌を読むことになります。これを機会に是非ご一読を。