『日本史文献事典』

高価な事典ですが、古本屋で半値以下で出ていたので買いました。日本史、およびその隣接分野における主要な「研究書」や「論文」*1の内容のダイジェストを提供している。ご承知の通り、日本研究にはすでに膨大な蓄積があります。そのなかで、どういったものが基本文献であり、そして、それが研究史のなかでどのように位置づけられているのかを把握することの重要性がますます高まってきているわけです。
この事典は、そういった要望に応えるべく、3372点もの研究文献を紹介しているのですが、一番の特徴は、

本事典では、それぞれの研究文献の著者自身に、その意図・内容・意義などを執筆してもらうことにした。(中略)限られたスペースで内容を概括するのであればなおのこと、著者自身が最良の執筆者であるはずだ。限られたスペースでまとめるのは至難である。しかし、それをどのように成し遂げるかは、著者にふさわしい〈至芸〉となるはずである。本事典の読者も、そうした記述を楽しむことができる。 (iv頁)

研究者を中心に据えた構成であり、項目の配列が著者名の五十音順になっていることにも、その編集方針が反映されているといえます。
なお、物故者の著作については、もちろん他人が執筆するわけですが、友人の一人が big name の名著の項目を書いているのを発見し、身が引き締まる思いです。ちなみに、「自著の記述を拒否する研究者も少数だがおられた」(iv頁)ということで、確かに、それに該当する、現在の史学界における第一人者的な方を見出しました。お考えもあるのでしょうが、少し残念な気もします。
第Ⅱ部は「全集・著作集」の細目、第Ⅲ部は「講座・叢書」の細目、そして巻末第Ⅳ部に「書名・論文名索引」「主題・事項索引」「人名索引」が付されていて、これらはなかなか便利。しかし、「主題・事項索引」は少し使いづらい。とりあえず主題別におおまかに分類してから五十音順の索引にすべきでしたね。細かく分け過ぎ。
最後に一言。

ただし、網羅的だけでは画期(活気)がない。そこで、〈日本史〉学の節目ふしめに登場した重要な研究文献を厳選して配することにした。同じく第Ⅰ部である。すなわち、古代・中世・近世・近代・現代各10点程度、合計51点の「基本文献」(中略)を、編集委員の判断で選んだ。研究史的観点からみて重要な意義をもつ研究文献であることは間違いないと思うので、「基本文献」については長めの記述を用意することにした。 (iv頁)

それならば、「基本文献」は「基本文献」だけで独立させれば良かったと思うのですが・・・。そこで、みなさまの便宜も考えて、「基本文献」を第Ⅰ部のなかから選別し、時代別に並べてリストアップしておきます。通史的なものが1点、また、「近代」「現代」については、どちらに分類すべきかよく分からないので一つに束ねました。大著も含まれており、「気軽にどうぞ」とは言えませんが、夏休みなど、まとまった時間が取れるときにでもいかが?

古代

  石母田正 『日本の古代国家』
  井上光貞 『日本古代史の諸問題』
  北山茂夫 『日本古代政治史の研究』
  坂本賞三 『日本王朝国家体制論』
  竹内理三 『律令制と貴族政権』
  藤間生太 『日本庄園史』
  戸田芳實 『日本領主制成立史の研究』
  早川庄八 『日本古代官僚制の研究』
  吉田孝 『律令国家と古代の社会』

中世

  網野善彦 『蒙古襲来』
  網野善彦 『日本中世の非農業民と天皇
  安良城盛昭 『歴史学における理論と実証』
  石井進 『日本中世国家史の研究』
  石母田正 『中世的世界の形成』
  勝俣鎮夫 『戦国時代論』
  黒田俊雄 『日本中世の国家と宗教』
  佐藤進一 『日本中世史論集』
  清水三男 『日本中世の村落』
  林屋辰三郎 『中世文化の基調』
  藤木久志 『豊臣平和令と戦国社会』

近世

  朝尾直弘 『近世封建社会の基礎構造』
  安良城盛昭 『幕藩体制社会の成立と構造』
  井上清 『明治維新
  佐々木潤之介 『幕末社会論』
  高木昭作 『日本近世国家史の研究』
  遠山茂樹 『明治維新
  羽仁五郎 『明治維新史研究』
  尾藤正英 『日本封建思想史研究』
  古島敏雄 『近世日本農業の構造』
  丸山真男 『日本政治思想史研究』
  山口啓二 『幕藩制成立史の研究』

近代・現代

  家永三郎 『植木枝盛研究』
  五百旗頭真 『米国の日本占領政策
  石井寛治 『日本蚕糸業史分析』
  伊藤隆 『昭和初期政治史研究』
  色川大吉 『明治精神史』
  岡義武 『近代日本の政治家』
  鹿野政直 『日本近代化の思想』
  高村直助 『日本紡績史序説』
  竹前栄治 『アメリカ対日労働政策の研究』
  中村隆英 『戦前期日本経済成長の分析』
  中村政則 『近代日本地主制史研究』
  坂野潤治 『明治憲法体制の確立』
  細谷千博 『シベリア出兵の史的研究』
  松尾尊禱 『大正デモクラシー
  丸山真男 『現代政治の思想と行動』
  三谷太一郎 『日本政党政治の形成』
  宮地正人 『日露戦後政治史の研究』
  安丸良夫 『日本の近代化と民衆思想』
  山田盛太郎 『日本資本主義分析』

通史

  津田左右吉 『文学に現はれたる国民思想の研究』

*1:日本書紀』とか「正倉院文書」とか、そういった一次資料ではない