知られざる王朝物語の発見

知られざる王朝物語の発見―物語山脈を眺望する (古典ルネッサンス)

知られざる王朝物語の発見―物語山脈を眺望する (古典ルネッサンス)

 従来の、現存する平安時代の仮名物語――『源氏物語』を頂点とする――を中心にすえる王朝物語観(文学史)の見直しを提言する書。ポイントは二つ。一つは、「散逸した物語の側に立って、現存する物語を眺める視点」(23頁)を持つことの必要性、もう一つは、鎌倉時代以降の物語を「擬古物語などと蔑んで、残余のように捉える旧来の見方」(35頁)を捨てることの必要性です。

散逸物語と「中世王朝物語」

 仮名で書かれた物語のうち、現存するものはかつて存在したもののほんの一部に過ぎません。書名は知られていても散逸してしまった(平安〜鎌倉時代の)物語は330編にものぼります*1

霧に隠れて全貌を捉えることがむずかしい王朝物語山脈が存在する。私たちの前には、じつは散逸した膨大な物語世界が存在しているらしい。たまたま私たちの目の前に、幸運な霧の晴れ間から、山々がのぞいてみえる。どうやら、それらは、山脈として連なっているらしいのですが、この偶然にみえた山々こそ現存する物語に相当するのかもしれません。とすると、現存する物語は、巨大山脈の、あちらこちらに浮遊するように存在しているにすぎないとも思えてきます。

(23〜24頁)そして、「王朝物語の時代は、大局から俯瞰してみますと、九世紀末から十五世紀の初めまで、約五○○年余りに及んでいたと把握できるのではないか」(38頁)、また、その裾野は現代にも連なっているという壮大な構想です。本書の副題、「物語山脈を眺望する」の意図がこれで了解されます。「中世王朝物語」の研究はまだ始まったばかりという印象を受けます。

ガイドブックとして

 ときおり脚注で挙げられている参考文献は、王朝物語に関連することがらについての勉強のために役に立つリストになっていて、メモしておきたいものが多い。

  • 8〜9頁 「中世王朝物語」をあつかう代表的な研究書
  • 22〜23頁 「散逸物語」をあつかう代表的な研究書
  • 52〜53頁 西王母について
  • 72頁 中国少数民族の歌垣について
  • 74〜75頁 「物語」の成立について
  • 80〜81頁 魯迅による中国古小説研究について
  • 100〜101頁 平安時代の婚姻について
  • 156〜157頁 源氏物語の翻訳について
  • 162頁 アーサー・ウェーリーについて
  • 206頁 「国文学」の成立について

蛇足

堤中納言物語』の一編として現存する『逢坂越えぬ権中納言』をよく読んでみると、テキストでは、男主人公は、「中納言」とは呼ばれても、「権中納言」とは一度も呼ばれていないことがわかります。ですから、彼が性格には「権中納言」であることは、物語の題号によってはじめてわかる仕掛けになっているわけです。・・・しかし、テキストでは「中納言」としかないのに、どうして題名は「権中納言」なのでしょうか。・・・私は、「権中納言」という呼称には、若きエリートのイメージが託されているからではないか、と思います。恋愛小説の主人公としては、大学の助教授(最近は准教授といいます)の方が色気があってよろしい。教授となると、私のような年齢のものまでいるのだから、これはどうもふさわしくない。

(233〜234頁)

*1:262〜265頁に示された「王朝物語目録」は圧巻です