『三省堂全訳読解古語辞典 第4版』を読む

三省堂 全訳読解古語辞典 第四版

三省堂 全訳読解古語辞典 第四版

 以前も書きましたが、学習用の古語辞典ならコレがお薦めと言われ、改版が出るたびに買ってきたのが本書です。第4版が出たのでさっそく斜め読みしてみましたよ。
 重要語について「語史」や「現代語とのつながり」欄を新設しているのが良いですね。たとえば、「・・・で」「・・・とともに」の意の格助詞「して」について「共同の「して」は、「みんなして文句を言う」などの形で現代に残っている」(578頁)と説明されれば、学生にはわかりやすくなるでしょう。
 私も経験していることですが、たとえばク語法の「く」を説明してもピンと来ない感じの学生に「今でも『おもわく』(思惑)と言うでしょ?あれは『おもふ』のク語法が現在まで残ったんだ」と言うと、目からうろこが落ちたような顔をしているので、こういう解説はかなり有効だと思うのです。本書でも《参考》欄で「平安時代以降は「言はく」「思はく」など特定の語として残るだけである」(326頁)とは触れていますが、次の改版の時はさらに範囲を広げて充実をはかるべきではないかと。
 「読解のために」欄に関してはいつもいろいろと教わることがあって、さすがに力を入れている箇所だなと感心します。第4版では巻末にその一覧表をつけたのも良かった。ただ、前回も感じたことなのですが、たとえば「かねぐろ」と「はぐろめ」、「かへし」と「せんじがき」、「さんみのちゅうじゃう」と「ちゅうじゃう」と「とうのちゅうじゃう」、「しきぶ」と「な」、「すみがき」と「つくりゑ」等々、「読解のために」の内容がほとんど重複しているものがあって、これは一つにまとめちゃって、参照せよと指示する方が良いと思いますが、いかが。
 さて、前回(三省堂全訳読解古語辞典(第三版)・2 - Cask Strength 三省堂全訳読解古語辞典(第三版)・3 - Cask Strength)私が難じたことは改善されているかどうか!
 まずは「あさかのぬま」ですが、第3版までは存在した「読解のために」が今回は削除されている(18頁)・・・ちなみに「あさかやま」の項には第3版にはなかった「読解のために」が付されて詳しく解説されています。単語の重要度を比べれば、今回の処置はむしろ正当な判断だと思いました。
 次に「いまのまさか」ですが、これは今回も立項されているだけでなく(131頁)、第3版ではあった『万葉集』の用例を省略して「今の今。今このとき」と語義説明だけがあります。第3版は万葉歌を挙げているだけマシだったと思うのですが、この用例を省いてしまってはなおさら「いまのまさか」を立項する意味はないでしょう・・・。
 本書の難点でもあり、魅力でもあるのが、情報を盛り込もうとするあまり、学習用としてはわかりづらくなってないか?という記述が少々目につくことです。ぱっと見ただけではすっきりしないというのは困りものですが、でも逆に利用者がそこから自分でちょっと考えてみようとするきっかけになるのだとしたら、やはりそれは魅力的なことではないかと思います。
 一例、「びびし」これは第3版、第4版ともに【美美し】の漢字を宛て、用例は『源氏物語』(行幸)を挙げて語義は「美しい。華やかだ。見事だ」とします。ところが、「読解のために」になるとごちゃごちゃ混線する。

平安時代では、美麗の意より、ふさわしい・似つかわしいの意のほうが適切で、その点では「つきづきし」と同義の語と考えられる。調和のとれた程のよさが根本にあり、それが具体的な形で現れたものが「美麗」であると考えてよい。したがって、「便なし(具合が悪い。感心しない)」の対義語と考えて、「便便し」の漢字をあてる説もある。

(第3版、1031頁)

調和のとれた程のよさが根本にあり、それが具体的な形で現れたものが「びびし」であると考えてよい。本来は「便便し」で、ふさわしい、似つかわしいの意であったものが、「美美し」の字をあてて美麗さを意味するようになったとする説もある。

(第4版、1007頁)
 読者にとっては第3版と第4版での相違も気になるでしょうし、そもそもこれでは一体何のことかよくわからないですよね。
 そこで、こういう「?」な記述に出会ったら自分で調べてみてはいかがでしょうか!夏休みの自由研究になるよ(←またこれだw)。というか真面目に用例を探したりすればいろいろな疑問にぶちあたって(「なんだこの『枕草子』の「能因本」って・・・?」等々)古典文学とはどういうものかという認識も深まりますし、大学の期末レポートや卒論にもなるのではないかなー。
 論文やレポートにならなかったとしても、今回の「びびし」でいえば、たとえば原田芳起氏『平安時代文学語彙の研究』、木之下正雄氏『平安女流文学のことば』、松尾聰氏『源氏物語を中心とした語意の紛れ易い中古語攷 続篇』の該当箇所をしっかり勉強するだけでも大変ためになると思いますよ!

平安時代文学語彙の研究

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平安女流文学のことば (1968年) (日本文法新書)

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源氏物語を中心とした語意の紛れ易い中古語攷 続篇 (笠間叢書 238)

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