書名『論語集解』の「集解」のよみかた

 『令集解』は「リョウノシュウゲ」とよんで『論語集解』は「ロンゴシッカイ」とよむというのは、とにかくそう覚えるしかない。
 書名というのは厄介で、読み方にコンセンサスがあるようでなかったりします。『論語』ですら、今は日本人であれば誰もがこれを「ロンゴ」と呼びますけど、一昔前(といっても中世ですが)の儒学者は「リンギョ」*1とよむべきだと強硬に主張していたことはよく知られています。

(杉浦豊治氏『元応鈔 論語集解攷文』3頁。余談ですが、本書「攷文」は『論語集解』の有用な校本の一つです)
 なので、『論語集解』も将来どうなるのかはわかりません。それはともかく、「シュウカイ」ではなくて「シッカイ」というよみがどこから来たのかといえば、それは漢字「集」が入声であって、歴史的仮名遣いでその字音を示せば「シフ」(漢和辞典で確認してね)になることに由来します。つまり、「シフカイ」とよんだ時の「フ」が音便化して促音になって「シッカイ」になったというわけです。
 わかりづらい?別にそれほど難しい話ではなく、例えば「合」は「カフ」ですが、「合戦」は「カフセン」とよまずに一般的には「カッセン」とよむのと同じことです。
 音便化なのであれば、それこそ「シュウカイ」でも構わないではないか、という意見も出てくるかもしれませんが、これまたさきほどの話に戻ってしまい、とにかく数百年間そのようによまれて定着しているのだし、実際に漢語として発音したら促音のほうが音としては近くなるしムニャムニャ・・・としか言いようがないわけですね(私が不勉強でよく知らないだけですが)。

京都大学図書館蔵『論語集解』 http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/s121/image/1/s121l0004.html 「リンギョ」は取って代わられ「シッカイ」は残った)
 『甲子夜話』は、やはり「カッシヤワ」であって、「コウシヤワ」とよまれると少しムズムズするのと同じようなものです(「甲」は「カフ」)。
 ただ、興味深いことに前掲書の次葉を見てみると、

http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/s121/image/1/s121l0005.html
 「シウカイ」になっています。
 今案ずるに、これには二つの考え方があって、一つはケアレスミスである可能性(実際、他の本では「何晏集解」の「集解」にも「シツカイ」と附すものがある)。もう一つは、「論語集解」という書名として出てくる「集解」は学術的慣例に従って「シッカイ」とよむけど、「何晏が(の)集解」の場合は通常の発音によるところの「シュウカイ」だ、という判断があったのかもしれません。「シッカイ」はあくまでも書名の読み癖である、という意識があったのだとしたら面白いですね。
 そういえば、「何晏のシュウゲ」と言った人もいた。

国会図書館蔵、大槻文彦『復軒雑纂』 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991568 265コマ)
 でも、『論語集解』を「ロンゴシュウゲ」とよむ人は近代以降ではほとんどいないと思う。

*1:「ロンゴ」と「リンギョ」については、橋本経亮『梅窓筆記』「論語ノ題号読クセ」(日本随筆大成第三期第五巻)に不思議な習わしが書かれてあります。「書ニ対シテハ読ム時ハ、リンギョト云ベシ。ソラニテ唱フル時ハ、ロンゴト云ベシ」(324頁)