成句「羊頭狗肉」が見つからない



 http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/false_menu/?id=6096958 などというニュースグループができてしまうなど、情けないにも程がありますが、こういう時に使われる故事成語といえば、もちろん「羊頭狗肉」。
 そういえば出典を知らないなー、と思ってとりあえず『大漢和辞典』を引いてみたら、『恒言録』が引用されるありさまでした。

『恒言録』というのは清の大学者、銭大繒の著作で、巷間に流布していた俗語や俚諺、決まり文句の類を集成してその典拠を明らかにしたりコメントをした、大変面白い本です(『嘉定銭大繒全集 第八巻』江蘇古籍出版社所収。当該箇所は183頁)。ただ、それが出典になってしまうのはまずいだろう、と思ってよく見てみますと、古典に出てくる形としては「懸牛首於門、而売馬肉於内」(『晏子春秋』)やら「懸牛頭、売馬脯」(『後漢書』百官志三・注所引『決録注』)やら牛・馬のセットなのですが、「今俗語小変」して羊・狗のセットになったと説いています。
 「羊頭」が出てくる文献として『大漢和辞典』が挙げているのは『無門関』ですが、これは「狗肉」ではなくて「馬肉」です(【追記】今、岩波文庫『無門関』を検したところ、「狗肉」になっていました。43頁)。しかし、御承知の通り、禅籍や語録で用いられる表現は、そのままのかたちや少し変化したかたちで他の禅籍で用いられることが多いので、これに意を強くして入矢義高監修・古賀英彦編著『禅語辞典』(思文閣出版)を引いてみたところ、案の定、ありました。「懸羊頭、売狗肉」の項が(110頁。なお、『句双紙』等の禅林句集の類にも採られている)。挙げられている引用文は、『五祖法演語録』と『普灯録』の一節。羊と狗のセットが北宋まで遡ることはわかりました。敦煌出土資料を探せば、晩唐辺りのところでふっと出てきても、おかしくありませんね。
 しかし、私が少し不満に思っているのは、いずれも四字熟語「羊頭狗肉」の例ではないということです。この出典が知りたい。ところが、実はこれがなかなか見つからない。『日本国語大辞典』を引くと、驚くべきことにその初出例は『水流雲在楼集』(1854年)の「回顧却慚城市俗、羊頭狗肉互偸真」となっている。まさか、そんな。しかし、『漢語大詞典』を引いても、例の『恒言録』に続いて郭沫若の用例が出てきてしまって、これまたいかがなものか。
 湯浅邦弘『故事成語の誕生と変容』(角川叢書)が明らかにした例にならっていえば、いずれかの「故事成語辞典的類書」で成立した言い回しなのではないか、と推測しています。そうなると、「和刻本類書集成」辺りをずっとめくっていくと何かあるかも、とは思うのですが、労多くして果少なし、というおそれもあって実行していません。