『新編 中国名詩選(中)』

「沅湘、日夜、東に流れ去る。愁人の為に留まる事、少時もせず」と言へる詩を見侍りしこそ、あはれなりしか。

(『徒然草』第21段。兼好がここで引いているのは、戴叔倫「湘南即事」〈『新編 中国名詩選(中)』435〜436頁〉。旧版でも本書でも徒然草における引用については言及していませんが、あっても良かったかもしれない)
 先月上巻を紹介したので(『新編 中国名詩選(上)』と旧版との比較 - Cask Strength)中巻に対しても何か一言いわなければいけないような視線を感じます・・・が、初唐の部分と適当にぱらぱらとページをめくった所しかまだ読んでいません。というか、上巻もまだ全体の1/5ほどしか読んでいません。それでいてコメントをするのは本来邪道ですが、メモ程度に。


 まず、旧版に収録されて今回除外された初唐の作品は、魏徴「述懐」盧照鄰「釈疾文三歌」沈佺期「古意呈補闕喬知之」王梵志「梵志翻著襪」同「我昔未生時」寒山「粤自居寒山」。新たに選ばれたのは盧照鄰「長安古意」駱賓王「在獄詠蝉」沈佺期「古意」陳子昂「感遇三十八首 其二」王梵志「他人騎大馬」。
 『唐詩選』冒頭の作品(魏徴「述懐」)を外してきたか、と率直に驚きました。それならば、『唐詩選』五言律詩最初に出てくる王績「野望」を外す勇気があってもよかったのではないかと。王績であれば「在京思故園見郷人遂以為問」や「夜還東渓」の方が私は好きです。寒山がいなくなったのは、晩唐の詩人だという判断でしょう。


 駱賓王「于易水送人」。詩題は「易水送人」や「於易水送人」とするのが普通ですが、「于易水送人」は未見。はて?
 駱賓王「在獄詠蝉」。本来は長文の序があって読みごたえがあるのですが、それは除外されています。序などの注解を省略する方針は旧版と同じですが、序や自注を無視しないというのも、あるいは一つの見識だと思うのですが、いかが。
 ところで、「後漢以来、露しか口にしない清廉な生き物とされる蝉」(56頁)の典故が知りたい。蝉が物を食べないというのは「蚕食而不飲、蝉飲而不食、蜉蝣不飲不食」(『孔子家語』)や「秋蜩不食、抱樸而長吟兮」(王褒「洞簫賦」、『文選』巻一七)辺りからはっきりと確認できるのですが、「露を飲む」という最初の例が知りたい。
 張若虚「春江花月夜」。『甲子夜話』巻十三(平凡社東洋文庫本では『甲子夜話 1』220〜223頁)に「春江花月夜といふ事を張若虚が作れる詩の心を、大和歌にてよめ」との求めに応じた土屋長蔵の翻案詩が引用されていて、「春江湖水連海平 あづさゆみ春の海辺にすみよしの入江をひろみ 海上明月共潮生 汐みちて宿れる月の 灔灔随波千万里 かげきよみ、なみの千さとのほかもなを 何処春江無月明 照さぬくまのあらめやは」云々といった調子で、なかなか面白い。
 杜甫李白の部分はまだ読んでいませんが、杜甫において「自京赴奉先県詠五百字」「北征」というとてつもない長編や、いわゆる「三吏三別」(「新安吏」「潼関吏」「石壕吏」「新婚別」「垂老別」「無家別」)が全て選ばれているのが大きな特色です。これだけでも買う価値があった。