『新編 中国名詩選(上)』と旧版との比較
- 作者: 川合康三
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2015/01/17
- メディア: 文庫
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なお、各冊で扱う範囲が異なります。旧版は毛詩から漢魏まで(上)晋から盛唐(中)中唐から近代(下)でしたが、新版は「上古・『詩経』・『楚辞』・前漢・後漢・魏晋・南朝(東晋・南朝宋・南斉・梁・陳)・北朝」(上)「唐の初唐・盛唐・中唐(柳宗元まで)」(中)「中唐(白居易から)・晩唐・北宗・南宋(金)・元明清」(下)となるそうです。
収録作品にもだいぶ出入りがあります。除外されたもの、新版で新たに加わったものの一覧表を作ろうとしましたが、あまりに多いのでやめました。とりあえず『毛詩』の部分だけでも。
除外された旧版収録『毛詩』作品
- 野有死麕
- 燕燕
- 静女
- 氓
- 伯兮
- 遵大路
- 蘀兮
- 褰裳
- 溱洧
- 出其東門
- 陟岵
- 伐檀
- 碩鼠
- 東門之楊
- 沢陂
- 蒹葭
- 無衣
- 蓼莪
- 生民
- 豊年
新版で新たに選ばれた『毛詩』作品
- 蝃蝀
- 河広
- 木瓜
- 采葛
- 蟋蟀
- 鹿鳴
- 常棣
基本的には、旧版収録作品を厳選しつつ、新たな観点から作品を追補したというかたちになっています。今回見比べてみて初めて気づいたのですが、「鹿鳴」や「常棣」といった楽しげな歌で、後世にも影響を与えた作品が旧版で選ばれていなかったというのは意外でした。兵役や生活苦を詠んだ作品(「陟岵」「伐檀」「碩鼠」いずれも魏風)が新版で除外されているのもなかなか気になります。後代の作品ですが、「嬌女詩」や「董嬌饒」といった、伝統から少し外れた作品が漏れているのも残念ですが、それは旧版に遠慮したのかもしれません。旧版の価値は落ちていません。
ところで、「蝃蝀」といえば、「朝隮于西 崇朝其雨」が『日本書紀』持統二年七月条の典拠となっているのです。
丙子、命百済沙門道蔵請雨、不崇朝、遍雨天下。
「崇」に「終」の訓詁がある(毛伝)のは現代の私たちにはなじみの薄いものですが、毛詩は当時の国定教科書的な存在だったので常識だったわけですね。
「河広」はちょっと面白い歌。孔子先生も高く評価しています(孔子曰「吾於『河広』、知徳之至也」『塩鉄論』)。なお、本書の評釈では「対岸の衛の国に来ている宋の人の望郷の思いという解釈もあるが、実際には広い河幅を狭いといういじらしさは、恋の歌とするのがふさわしい」(61頁)と。いずれにせよ、「誰謂河広 一葦杭之」はその誇張の面白さが好まれました。
脚下苦哉平地波
誰人梁魏定聱訛
西来莫道大難意
河広伝聞一葦過
(酬恩庵本『狂雲集』。『新撰日本古典文庫 狂雲集・狂雲詩集 自戒集』139頁)
「木瓜」については以前記事に書いたことがあるよー 私にカリンの実をくれたかた、お礼に美しい玉をあげましょう - Cask Strength ところが本書の注には「『木瓜』はボケ。実は食用にする」(62頁)と、お気楽なもんです・・・まあ、それでいいのかもしれません。
「常棣」は仲の良い兄弟を見かけるといつも思い出す詩です。
サテモ西国東国ノ合戦、符ヲ合セタルガ如ク同時ニ起テ、師直・師泰兄弟父子ノ頸、皆京都ニ上ケレバ、等持寺ノ長老旨別源、葬礼ヲ取営テ下火ノ仏事ヲシ給ヒケルニ、
昨夜春園風雨暴。
和枝吹落棣棠花。
ト云句ノ有ケルヲ聞テ、皆人感涙ヲゾ流シケル。
(『太平記』慶長八年古活字本巻三十。日本古典文学大系『太平記 三』148〜149頁)評判のよくない兄弟とはいえ、ここは少しぐっと来るところです。
【追記】参考記事:「此の中に深意有り」 - Cask Strength
参考記事:『新編 中国名詩選(中)』 - Cask Strength