先送り語釈

 学生たちに日本関係の辞典・事典のごくごく初歩的なことを手短に教えてくれないか、というご依頼。それは得意分野(?)ですし、こちらでお世話になっているお礼も兼ねて快諾して、実際に手にとってもらいながらいろいろと説明したり注意点を教えていたところ、図らずも久しぶりに「先送り語釈」を見つけました。
 「先送り語釈」(私の造語)とは、2回以上語釈が先送りにされる例、要するにAの項目で明快な語釈が与えられずに「Bを参照せよ(Bに同じ)」とあり、Bを見ると「Cを参照せよ(Cに同じ)」と出てくるアレです。昔、面白がって探したことがあります。今となっては一例も思い出せませんですけれども。どこかにメモしているはずなので、それが出てくるといいな。
 我が東洋の訓詁学には「互訓」という、「先送り」「たらい回し」ならぬ「循環」語釈といえる恐ろしいものがあって、「AはBなり」でBを見ると「BはAなり」と出てきたりして目を白黒させるわけですが(ただし、たいてい常識的な語に限られている)、「先送り」は一応送られた先で解説はされています。まあ、一種の欠陥ではあることは間違いないけれども。
 さて、『広辞苑』第5版の「すみなわ【墨縄】」の項目を見ると、

墨糸に同じ。〈和名抄一五〉

そこで「すみいと【墨糸】」にあたると、

「墨壺」1参照。

・・・で、「すみつぼ【墨壺】」に至って、

①大工や石工などが直線を引くのに用いる道具。一方に墨肉を入れ、他方に糸(墨糸)を巻きつけた車をつけ、糸は墨池の中を通し、端に仮子という小錐をつける。墨糸を加工材にまっすぐに張って垂直に軽く弾くと、墨線が材面に印される。

となる次第。当然、「すみなわ」の項目に「墨糸に同じ。「墨壺」1参照。〈和名抄一五〉」とでもあるべきところ。
 とはいえ、これは辞典にとっては小さな瑕疵に過ぎないと言えるかもしれません。今回のケースのように、「2回先送り」されるものしか私は見たことがない。
 もし、3回以上先送りされるものをご存じでしたら是非ともご教示ください。