日本全土が「うまし国」

「うまし国」使用は不愉快=三重知事、宮城に抗議へ
  三重県の野呂昭彦知事は20日の記者会見で、宮城県などがJRグループと提携して2008年に行う大型観光キャンペーンで「美味(うま)し国 伊達な旅」というキャッチフレーズを使う方針を決めたことに対し「大変不愉快」と述べ、近く同県に抗議する考えを示した。
 三重県によると、「美(うま)し国」という言葉は、「日本書紀」で海や山の幸に恵まれ、風光明美な伊勢志摩地方を指して呼んだのが由来。
 同県は以前から観光キャンペーンやイベントで「美し国」を使用。05年度から地元3市などと全国展開している伊勢志摩キャンペーンでも「美し国、まいろう。伊勢・鳥羽・志摩」を使い、今年1月、このフレーズの商標登録を申請したばかり。言葉の由来やこれまでの取り組みとともに三重県の主張を東京事務所を通じ、今月中に宮城県に伝える方針だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070320-00000158-jij-pol

 商標登録を申請していたということですから、抗議したい気持ちもわからなくはないですけど。
 ところで、『日本書紀』の原文ではこうですね(垂仁天皇二十五年三月)。

 時天照大神倭姫命曰、是神風伊勢国、則常世之浪重浪帰国也。傍国可怜国也。欲居是国。

 天照大神が自ら、「神風の伊勢国は、常世の波がしきりに打ち寄せる国で、国の中心から離れた素晴らしい国である。ここにいたいと思う」と言ったので、伊勢神宮の建立に至ったという縁起譚。
 しかし、「うまし国」といえば、あの万葉の名歌を忘れちゃいけないのではないですか。巻一の舒明天皇御製歌、

大和には 群山ありと とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ*1立ち立つ うまし国そ 秋津島 大和の国は

 冒頭の「大和」は、いわゆる奈良県のことですが、「国原は…」「海原は…」を経由して、歌い収めの「うまし国そ 秋津島 大和の国は」の「大和」は国土全体を指すものに転化される。我が日本そのものが、「うまし国」だというのです。三重県は『日本書紀』を持ち出すことで、「日本のなかでも特に!」と主張したい気持ちなのでしょうが。
 注意すべきは『日本書紀』原文の「可怜国」という表記(万葉集では「怜●(りっしんべん+可)国」)。「可怜」は「可憐」と同義で、つまり心ひかれる(ほど美しい)、といった意味です。そんなことを言うと、この時世ではどこかの政治家のキャッチフレーズを思い出してしまいますが。そう考えると、三重県の「美し国」は原義に忠実で、宮城県の「美味し国」は、やや下卑た印象を受けます。まあ、観光キャンペーンの宣伝文句なのだから、そちらの方が効果的だというならそれでもいいのでしょう。

*1:カモメのこと