2010年、今年読んだ知的向上心をかきたてる本5冊

 各方面で紹介されている「今年のオススメ本」系のものが、ビジネス書やら自己啓発書やらが中心だったり、「本当にそれをオススメするの?」と思わず顔をしかめるものだったりするので、ガラにもないことですが、私も驥尾に付して。多分、そこらへんの平凡なリストよりかは良いと思います。
 なお、選考基準は「本棚メモ」(「本棚にあったらいいな」)で紹介しなかったものということにしました。かなり限定されてしまいますが、そうでもしないと収拾がつかないので。

  • 『漢文と東アジア――訓読の文化圏』

漢文と東アジア――訓読の文化圏 (岩波新書)

漢文と東アジア――訓読の文化圏 (岩波新書)

 今年の岩波新書のラインナップのなかでも出色の一冊。第二章「東アジアの訓読」における問題提起は非常に刺激的で、訓読や訓点の問題を扱うことが、日本国内で考えるだけではもはや済まなくなったことをはっきりと示しています。
 資料博捜で注記は丁寧ですが、包括的な参考文献表が付されていないのが、唯一残念な点です。

  • 『図説 書誌学 古典籍を学ぶ』

慶應義塾大学附属研究所斯道文庫編『図説 書誌学 古典籍を学ぶ』(勉誠出版、2010年)

 上の『漢文と東アジア』との連想で。なんといっても、斯道文庫開設50年記念「書誌学展」は、日本・中国の版本や古写本だけではなく朝鮮やベトナムも含めた東アジアの書籍・知のありようを見渡した素晴らしい展覧会でした。図録も綺麗ですよ。本書は、出版社によると(図説 書誌学 : 勉誠出版)、その図録『書誌学展図録』に編集を加えたもののようです。
 欲を言えば、慶応が所蔵している数々の「聖徳太子伝」や『百二十詠詩注』といったものも見たかったのですが。

唯識十章

唯識十章

 深浦正文氏『唯識学研究 下巻 教義論』(永田文昌堂)と長尾雅人氏『摂大乗論 和訳と注解』上下(講談社)は歯が立たなかった(来年再挑戦します)ので、改めて唯識(法相)の入門書を読もうと思って手にとったのが、本書と『大乗仏典 インド篇 世親論集』(中央公論社)。
 「平安時代以後、ほとんど日本文学の中心を占める心という言葉、それは仏教の、なかんずく唯識仏教の直接的な、あるいは間接的な影響なくして可能であったであろうか」と梅原猛氏『地獄の思想』が述べる通り、大乗仏教の大きな柱の一つである唯識という仏教心理学はかなり大事な分野です。その煩瑣な議論や用語を本書は大変わかりやすく解説していました。重要な点については何度も繰り返し強調しますし。
 なお、本棚メモで取り上げた『唯識仏教辞典』(春秋社)は、私が想像していたのとは違うつくりでしたが、『倶舎論』や『成唯識論』等を読むにあたっては実際的に役に立ちます。

  • 『日本紋章学』

沼田頼輔『日本紋章学』(明治書院、1926年)

 1968年に新人物往来社から出ている同名の書はこれの復刻版でしょうか(asin:B000JA6104)?ともかく、家紋の意味(象徴性)や来歴を調べるための参考書としては、本書が決定版のようです。今まで知らなかったことを愧じます。本文1400頁を超える、恩賜賞を受賞した大作。
 読み通すには日本史学や文献学の豊富な知識を要しますが、第二章で扱っている個別の家紋の「意義」の部分はイメージ・シンボル辞典の役割を果たします。歴女にとっては家紋の「歴史」「姓氏関係」「分布」が興味深いでしょうし、デザイン関係の仕事の人は「形状種類」から多くを学べるはず。

  • 『夜色楼台図』

夜色楼台図 己が人生の表象 (絵は語る)

夜色楼台図 己が人生の表象 (絵は語る)

 蕪村の絵のことに興味を持って出会ったのが本書。小さくて読みやすい本ですが、衝撃的に面白かった。一枚の絵について、ここまで読みこむことができるのかと。ちなみに、この絵↓のことです。

MIHO MUSEUM | I.M.Pei 設計の美術館。古代エジプト,ギリシャ・ローマ,アジア等世界の優品と日本美術の優品を展示
 本書はいわゆる美術・美学の専門書という枠を超えています。日本近世の、文学・思想史・宗教史・都市論に関心がある方々による通読を希望します。