旅寓新加坡

 海南とか交趾(安南とも。現在のハノイを中心としたベトナム北部)といったら、大陸王朝から見たら南の最果てであって、その辺りに流された詩人たちの作品を見ても、判を押したように「瘴癘」「毒霧」が立ちこめているだの、雁もこれ以上南に来ないで北に引き返すだの、高温多湿で伝染病が蔓延している野蛮な辺境として詠まれるのがお約束になっているわけですが、義弟が赴任するのはその更に南、当時でいえば、おそらく「三仏斉」等と呼ばれていた地域で、文明が及ばないような場所だと思われていたのでしょうねぇ。
 それが今や、この周辺地域で最も発展を遂げた先進国ですよ。唐人が見たら何と言うか。
 南方を舞台にした漢詩に面白い作品が多くあるとはとても感じられないのですが、そのなかで杜審言「旅寓安南」詩は、もちろん最後は望郷の念で結びつつ、でも、熱帯地方の風土を割と平静な気持ちで詠んでいるようで「現在もこういう感じなんだろうなぁ」と微笑ましく思わせる佳作です。

交趾殊風候
寒遅暖復催
仲冬山果熟
正月野花開
積雨生昏霧
軽霜下震雷
故郷踰万里
客思倍従来

――北ベトナムの辺りは風物や気候が故郷と異なっている。寒くなるのが遅く、寒くなったと思ったらすぐに暖かくなるのだ。旧暦十一月に山の木の実が熟し、正月には野の花が咲く。雨季になると辺りが暗くなるほどの深い霧が発生し、薄い霜がおりているというのに落雷したりする。故郷とは万里隔てており、望郷の心は従来の倍に強まっている。