雄弁は銀、沈黙は金・2

誤解がないように、念を押しておきますが、(私を個人的に知っている人は先刻ご承知でしょうが)私は「正しい言葉遣い」とか「正しい○○語」を極端に推進する原理主義には反対です。
金言や警句というのは、往々にして含蓄があって、異なる解釈の余地を残します。例えば、あれだけ長いこと、しかも無数の人間が読んできているというのに、『論語』には難解な箇所や解釈の大きく分かれる箇所がたくさん残されていることからもそれは了解されるでしょう。
ある諺が古代ギリシャあるいは19世紀英国ではどういう意味で使われていたかということには関係なく、「雄弁は銀、沈黙は金」という格言から、「雄弁こそが大事である」という理解を導き出し、そしてそれを自らの人生の指針や心がけにすることには、何の異存もありません。