『異体字の世界 旧字・俗字・略字の漢字百科』

異体字の世界―旧字・俗字・略字の漢字百科 (河出文庫 こ 10-1)

異体字の世界―旧字・俗字・略字の漢字百科 (河出文庫 こ 10-1)

 異体字についての本なのですが、むしろ話題の中心(第二章以降)は、字そのものよりも、日本規格協会符号化文字集合調査研究委員会の委員としての経験から著者が語る、当用漢字表やJIS規格に振り回された、「異体字」それぞれの消長に関わる物語です。「異体字」そのものについては杉本つとむ氏の独壇場となっている感があるので、氏の著作もあわせて御覧になってください。
 ところで、一部の人からは強烈な反発を招きかねないことも述べているので、引用しておきます。個人的には、いずれもまっとうな記述だと思いますが、異論・反論・オブジェクションをどうぞ。
 まずは、字体の微小な差異にこだわっている人も多い人名漢字について(95頁)、

戸籍や住民基本台帳に関わる仕事をする人々にとっては、JISやユニコードは使い物にならないのだそうです。字体を区別する網の目が粗すぎて、人名異体字の細かさに対応できないというのです。しかし、それって「文字」でしょうか。個人の自己同一性というものが、漢字の点の一つ多いか少ないか、楷書で書くか草書で書くか、そんなもので担保されるようなものでいいのでしょうか。面白がるだけではすまない問題です。

 お次は、これまた少なからず存在する「旧字・旧仮名遣い使用派」について(172頁)、

現在の常用漢字の形が日本の「正字」となってすでに六十年になろうというのに、いまだに旧字を「正字」と言い張る人たちがいます。仮名遣いも含めて、「正字・正かな」にこだわる人たちです。藤原定家以来、古代の発音に基づいた日本語の歴史的仮名遣いも、漢字の祖国の発音を何とか日本語に移植しようと努めた字音仮名遣いも、ついに定着することはありませんでした。発音し分けられないものを書き分けることは自然ではありません。もっとも、現代仮名遣いにしても、決して完成されたものとは言いがたいところはあります。日本語の表現として、旧かなの使用は残っていくでしょうし、守りたい文化ともいえますが、仮名遣いについてはこの本の主題ではありません。ただ、旧字については「旧字は旧字であって正字ではない」ことだけは確かに言えるのです。

著者のために言い添えれば、「とはいえ筆者個人は、その旧字でしかないものが、たまらなく好きなのです」と付け加えてはいますが。