正倉院仮名文書は「全文一字一音式」ではない
正倉院にはいわゆる万葉仮名で書かれた文書が二通伝わっています。一般的に「甲」「乙」と区別して呼びますが、どちらも奈良時代中期頃の書だと考えられます。
まずは甲。「布多止己呂乃・・・」、つまり「ふたところの・・・」(二所の・・・)云々と一字一音で書き出しています。
乙も「和可夜之奈比乃・・・」(「わがやしなひの・・・」)と仮名書きになっているのは見ての通り。「仮名文書」と呼びならわす所以です。
しかし、これ、一部で誤解されているのですよ。さきほど Wikipedia をたまたま見ていて同様の誤りに気付いたので、この際それを正しておこうというのが本記事の趣旨です。わかっている人は百も承知のことなので、あまり生産的ではないのですが*1。
『正倉院万葉仮名文書』(しょうそういんまんようがなもんじょ)とは、一字一音の借字ばかりで書かれた文書2通のことで、正倉院の中倉に伝わる紙背文書である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%9B%B8%E9%81%93%E5%8F%B2#.E3.81.8B.E3.81.AA.E3.81.AE.E6.88.90.E3.82.8A.E7.AB.8B.E3.81.A1
「ばかり」とあるのがミソでして、全文が仮名で書かれているような印象を与えますが、実際は違います。
現在通説として行なわれている解釈に従う限り、甲の最後の行の二字目「田」は、たんぼの「た」を訓字として書いたもので、仮名ではない。
同様に、乙文書のほうの三行目の最後の字「奴」は奴婢を意味し、これも音を借りただけの仮名ではありません。よむとすれば「やつこ」でしょう。これを仮名として「ぬ」とよんで、奴婢のことを日本語の古語で「ぬ」というのだとする説もあります(疑わしいですが)。仮にそうだとしても、次の例はどうしようもありません。九行目の二字目と十三行目の三字目は「日」、これはまさに日にちを意味するもの(「ひ」)でして、仮名ではありません。
しかし、なぜか、正倉院仮名文書は全部が仮名で書かれているかのような説明をしばしば見かけます。文書の画像は平凡社の『書道全集9 日本1 大和・奈良』(良書です)からお借りしたものですが、解説では「一字一音式の万葉仮名で書かれた文書である」「全文一字一音式」(173頁)と言ってしまっている。
最近でも『図解日本の文字』が、
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「すべて万葉仮名で書かれた」と述べておきながら、図のところの[読み下し文]では「奴」にわざわざ「やつこ」とルビをふっているのを見ると、この箇所は同一の執筆者が書いているのだろうかと首をかしげてしまいます。