『宮内庁所蔵 那波本白氏文集 一』巻三・四――訓点三題

宮内庁所蔵 那波本 白氏文集

宮内庁所蔵 那波本 白氏文集

 オススメの本です。想像していた以上に訓点や書き入れが多くて、少しずつ楽しみながら読んでいます。新楽府(巻三、巻四)を読んでから巻十二、そして秦中吟、「閑適」の巻々へというお決まりのコースですが、巻三・四にざっと目を通して気づいたこといくつか。

(巻四「牡丹芳」97頁)「白」を「すさまじ」と訓む実例はここしか知らない。↓神田本『白氏文集』当該箇所(『神田本白氏文集の研究』勉誠社、44頁)

 訓点享受のネットワークってどうなっているんでしょうねー。
 次、「驪宮高」(巻四)に「嫋嫋兮秋風」という句があって(この前後の句、『和漢朗詠集』蝉に採録される)、普通は「嫋嫋(じょうじょう)たる秋風には」と訓むと思うのですが、

(92頁)左訓「そよげる」いいですね、こういう訓。あまり見たことないですけど、もちろん「嫋嫋」の意味を正しく捉えています。「あまり見たことない」というのは、実は、一回だけあります。「嫋嫋兮秋風」は『楚辞』九歌(湘夫人)が出典でして、そのままの形で出てくるのですが、浅見絅斎講述『楚辞』(『先哲遺著漢籍国字解全書 第十七巻 楚辞』84頁)に、

と出てくる。このような畳字や擬態語・擬声語の類にいわゆる文選読が多いことは太田晶二郎氏に指摘があります(「勧学院の雀は なぜ蒙求を囀つたか」)。本書の訓点は、解題にあるように、慶安版本の『楚辞』(文選読みをしている)を翻刻したものなので利用価値が高い。余談でした。
 最後に不審な訓を一つ。

(巻三「縛戎人」90頁)「飢」の「イヰ[ヒ]ウヱ」(飯飢え)はいいのですけど「渇」は「ミツウヱ」(水飢え)であってほしいところ。ここでは「ミ」ではなくて「ウ」にしか見えませんが。