「上大人丘乙己…佳作仁可知礼也」以外にもあった手習いの詩句

 ちょうど習字ネタが続いているので、この流れで、先日初めて知ったことをご紹介。
 「上大人、丘乙己、化三千、七十士、尓小生、八九子、佳作仁、可知礼也」、この25字の連なりは児童が初めて漢字を学ぶ時の手習いとして用いられたもので、いつ成立したのかは分かりませんが、唐の時代にすでにあったことは禅語録や敦煌遺文(↓)に見られることから確実です。筆画の少ない漢字を選んだもので(なので、ここに関しては「尓」を「爾」にしたり「礼」を「禮」にするのは誤り)、まあ、日本の児童が最初に「いろは…」で仮名を学ぶようなものですね。

(『敦煌掇瑣』(『敦煌叢刊初集 第十五冊』355頁)、御覧の通り、字に少し異同があります)
 この25字は古辞書や書記史あるいは教育史を学んでいる人には割とよく知られているものなのですが、『水東日記』巻十に面白いことが書いてありました。


http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2580842 国会図書館蔵『水東日記』第3冊)

「上大人、丘乙己、化三千、七十士、尓小生、八九子、佳作仁、可知礼也、尚仕由山水、中人坐竹林、王生自有性、平子本留心、王子去求仙、丹成入九天、山中方七日、世上已千年」已上数語、凡郷学小童、臨倣字書、皆纊於此、謂之描朱。

 地方の学校で児童が習っている字を紹介しています。冒頭に出てくるのが例の「上大人丘乙己…」で、問題ないのですけど、その後に続けて、

尚仕由山水
中人坐竹林
王生自有性
平子本留心

(林・心、押韻

王子去求仙
丹成入九天
山中方七日
世上已千年

(仙・天・年、押韻
という五言絶句二首のごときものがあって、こちらはこのたび初めて知りました。これもまた筆画数の少ない字を用いたもので、まさに幼童の最初の手習いにふさわしい。
 なお、「王生」「平子」「王子」はいずれも人名。「王生」は『蒙求』「釈之結韈」のエピソードに出てくることで知られる処士。平子は張衡の字(あざな)でしょう。王子は赤松子とよく一緒に登場する王子晋(喬)のこと。
 「上大人…」については、参照、王利器「敦煌写本《上大夫》残巻跋尾」(『当代学者自選文庫 王利器巻』425〜434頁)