待望の改訂版です。旧版を紹介した時に、私は以下のようなないものねだりをしました。
いうまでもなく、便利で興味深い字典なのですが、大変残念なのは、奈良時代の木簡しか扱っていないことです。大量とまではいかなくても、7世紀の木簡は数多く発掘されてきているのですから、そういったものも収録してもらいたかった。藤原宮以前と平城宮以後では書風に違いがあるので。
日本古代木簡字典 - Cask Strength
このたび七世紀後半の『藤原宮木簡』『飛鳥藤原京木簡』、そして、長屋王家木簡に代表される『平城京木簡』所収の木簡、そして『平城宮木簡 七』からも文字が採録され、満足いくものとなりました。
(189頁)「評」は旧版にはなかった字ですが、新版で採録されています。古代史ファンであればピンと来るでしょう。あの「郡評論争」に決着をつけた、藤原宮出土木簡の「評」(こほり)です。
ただし、巻末の音訓索引で「こおり」(252頁)を引くと「郡」はあるのに「評」がないのは不可解ですが。
唐突ですが、ここでクイズ。行政区画の沿革という観点からすると、「評」のほかにもう一つ今回新たに採録されているだろうなぁと期待される語があります(実際に採録されています)。さあ何でしょう。(正解は一番下に。)
ついでなのでもう一問。「遠敷」というのは地名(若狭国)ですが、何とよむでしょうか。難易度Aクラス。普通はよめないのでご安心を。
旧版ではこの「遠敷」だけが収録されていました(167頁)が、今回は面白いですよ。
(237頁)実はこの「小丹生」と「遠敷」は同じ地名を異なる表記で書いたものです。なので、正解は「をにふ」。「小丹生」の方が古い表記です。またもやこれでピンと来た人がいるのではないでしょうか。全国の地名表記を漢字二字に統一せよ(しかも、好ましい漢字を用いて)、という奈良時代における新規定にもとづいて「小丹生」が「遠敷」に改められたわけです。
この「遠敷」は、
- 二字表記の指示が出されたのはいつか
- 国郡よりも下の行政区画である郷里レベルでどれほど強制力を持っていたのか
という点をめぐって少し興味深い材料を提供していることで知られています。詳細は、北川和秀氏「郡郷里名二字表記化の時期について」(『論集上代文学 第三十三冊』笠間書院、2011年。9〜11頁)を御覧になってください。
クイズの答え:「五十戸」(さと)。「里」に改められる前の行政区画名です。241頁