鬼が人間の唾を嫌う話

 今年のセンター試験の古文は『今昔物語集』巻16・32語からの出題だったようです。
 巻16第32話 隠形男依六角堂観音助顕身語 第卅二 [やたがらすナビ]
 この話、男が鬼に唾をかけられることでいわば透明人間になってしまうところが面白く、典拠は未詳、類話もちょっと見つからない奇妙な物語です。
 ちなみに、唐土の志怪小説では、鬼のほうが人間の唾を嫌がるという話が古くからあり、たとえば魏の文帝(曹丕)あるいは張華の撰録とされる『列異伝』には以下のような有名な話が収録されています。ほぼ同じ話が干宝『捜神記』にも入っていますので、そちらで知っているという方もいらっしゃるでしょう。

 宋定伯
南陽宋定伯。年少時。夜行逢鬼。問之。鬼言我是鬼。鬼問汝復誰。定伯誑之。言我亦鬼。鬼問欲至何所。答曰。欲至宛市。鬼言。我亦欲至宛市。遂行数里。鬼言。歩行太遅。可共遞相擔。何如。定伯曰。大善。鬼便先擔定伯数里。鬼言。卿太重。不是鬼也。定伯言。我新鬼。故身重耳。定伯因復擔鬼。鬼略無重。如是再三。定伯復言。我新鬼。不知有何所悪忌。鬼答言。唯不喜人唾。于是共行。道遇水。定伯令鬼渡。聴之了然無水音。定伯自渡。漕漼作声。鬼復言。何以有声。定伯曰。新死。不習渡水故爾。勿怪吾也。行欲至宛市。定伯便擔鬼著肩上。急執之。鬼大呼。声咋咋然。索下。不復聴之。径至宛市中。下著地。化為一羊。便売之。恐其変化。唾之。得銭千五百。乃去。当時有言。定伯売鬼。得銭千五。【出列異伝】

(『太平広記』巻321。中華書局点校本、第7巻2548〜2549頁)
 あらましを述べると、宋定伯(抄本や捜神記では宗定伯)が幼少時に鬼(鬼、というのは日本でいうところの幽霊みたいなもの)と出会い、「オレも鬼だ」と騙して一緒に宛の市まで行くことになったのですが、途中交替しながらお互いを背負っていくことに。鬼は体重がほとんどないのですが、宋定伯はやたら重たい。鬼は怪しんで「おまえ、鬼じゃないだろ?」と言うのですが、宋定伯は「オレは鬼になりたて(「新鬼」)だからな」と。そのついでに「オレは新参の鬼なので、鬼というのは何が苦手なのか知らないのだが?」と訊くと、「まあ、人間の唾だけが嫌いだな(「唯不喜人唾」)」と鬼が思わず答えてしまう・・・残りの話は原文をどうぞ。
 唾液には不思議な力が宿っていると信じられていたためか、唐の時代の医学書『千金翼方』巻29上「禁経上」のなかに「禁唾悪鬼法」というのが出てきます。(参考:李剣国輯釈『唐前志怪小説輯釈(修訂本)』167頁)