「底本の文字を出来るだけ忠実に活字化するよう努めた」

 『古事記学 第二号』を拝読しました。
 http://www.kokugakuin.ac.jp/oard/kojikigaku.index.html
 注目すべきは「敷田年治『古事記標注』の翻刻と研究」です。『古事記標注』は『神道大系 古典註釈編一』にて上巻が翻刻されましたが、中巻以降は翻刻も影印も公刊されないままでした。今では近デジおよび早稲田の古典籍総合データベースで全巻読むことができますが、このような作業は助かります。
 古事記標注. 上ノ上 - 国立国会図書館デジタルコレクション
 古事記標注. 上,中,下巻 / 敷田年治 注 ←近デジは文字が鮮明でないので、こちらを推奨。
 しかも、この翻刻では、

・・・敷田が見直しを図った『古事記伝』の訓および所説との比較を行い、相違点を把握できるよう注釈本文を掲げることとした。具体的には頭注欄を設け、『古事記伝』との異訓・異説をあわせて注釈本文を参照できるよう紙面を構成した。

(131頁)という点で意義深いと思われます(『古事記伝』だけではなく『訂正古訓古事記』との異同も示されるとさらに便利だったでしょうけれども)。敷田の注釈のうち、『古事記伝』が示した理解と異なるものに関しては『古事記伝』の説を抄出しているのもありがたい。「作成し終えた部分は本プロジェクトの成果を公にする『古事記学』等の雑誌媒体で順次発表を行い、公共の利用に資するよう努めていく」(同上)とのことなので期待するところです。
 それにしても、凡例に、

翻刻異体字変体仮名を含め、底本の文字を出来るだけ忠実に活字化するよう努めた。

(132頁)とあるわけですが、これは読者にとってどのように有効なのでしょうか(なお、変体仮名については特に区別していないように見受けられます)。


http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ri05/ri05_01013/ri05_01013_0004/ri05_01013_0004_p0002.jpg


http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ri05/ri05_01013/ri05_01013_0004/ri05_01013_0004_p0005.jpg
 最近、なるべく底本の字体を忠実に翻刻しようとする試みをよく目にするのですが、その意義がよくわからないことも多い。書き分けの意識があるとか、本の系統がわかるとか、もとにした本がわかる、とかならいいのですが。

ちなみに、この「鯨細にて、鯨の枕詞也」(150頁)の「鯨」は底本を案ずるに(http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ri05/ri05_01013/ri05_01013_0004/ri05_01013_0004_p0011.jpg)字体を直さねばならないでしょう。
 そう考えると、むしろ、以下の二つの「事」は区別すべきだったのでは。

http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ri05/ri05_01013/ri05_01013_0004/ri05_01013_0004_p0003.jpg)「振ル事也、此事」(136頁)、この二種類の「事」は、全体を見渡すと、どうも意識的に使いわけているようだ。「也」字もそう。