藤にホトトギス(1)

 藤の10点札。
 ウグイスは春の到来を告げる鳥でしたが、ホトトギスは夏の到来を告げる鳥です。『万葉集』巻十七の大伴家持の歌の題詞に「立夏四月、既経累日、而由未聞霍公鳥喧。因作恨歌二首」(立夏四月となり、すでに数日経過したが、まだホトトギスの鳴き声を聞かないので作った恨みの歌二首)という背景は、「霍公鳥者、立夏之日、来鳴必定」(ホトトギス立夏の日に来て鳴くものだと決まっている)と家持自身が解説していることから理解されます。
 それに対して、藤は晩春から初夏にかけて咲く花。

春夏の中にかかれる藤波のいかなる岸か花は寄すらん*1

(『源重之集』)
 そこで、藤が咲くと、そろそろ夏だ、もうすぐホトトギスが来るだろう、というのが古典世界の人々の認識でした。

我が宿の池の藤波咲きにけり山ほととぎすいつか来鳴かむ

(『古今和歌集』夏・よみ人知らず)
 『狭衣物語』の冒頭に、ホトトギスの訪問を待つ、しおらしい藤が描かれています。

少年の春は、惜しめども留まらぬものなりければ、弥生の廿日餘にもなりぬ。御前の木立、何となく青み渡れる中に、中島の藤は、松にとのみも思はず咲きかかりて、山ほととぎす待ち顔なるに……

*1:藤の花の風になびくさまが波の打ち寄せる動きに似ていることから、「藤波」は藤の花の雅語。