中国古典小説選1

中国古典小説選〈1〉穆天子伝・漢武故事・神異経・山海経他(漢・魏)

中国古典小説選〈1〉穆天子伝・漢武故事・神異経・山海経他(漢・魏)

「文言小説」シリーズ

 明治書院が、半世紀にわたって刊行してきた「新釈漢文大系」は、中国における文言資料を、思想・文学の広い分野にわたって取上げた大事業であった。
 しかし、この「大系」には、「小説」の分野からは、『唐代伝奇』(内田泉之助・乾一夫著)、『世説新語』(目加田誠著)しか収められていない。(中略)
 そこでこのたびわれわれは、中国の「文言小説」を、文字通り「小さい説」として扱われた古代の文献から、清代の『聊斎志異』等に至るまでの、中国小説史上の標識とされる文献資料・作品を取上げ、「新釈漢文大系」の方法と体裁に倣う形で、読者各位に紹介・解説し、「大系」の欠を補いたいと思って、このシリーズの刊行を企画した。

(序言、ii頁)
 完結が楽しみですね。あと4冊くらいかな?「文言」といっても、この手の小説類は、『世説新語』(第3巻)や『遊仙窟』(第4巻)を見てもわかるように、俗語や口語表現を多数含みます。それが解釈を難しくしているところでもあります。

内容細目

  • 蜀王本紀
  • 列仙伝(抄)
  • 山海経(抄)
  • 穆天子伝
  • 燕丹子
  • 西京雑記(抄)
  • 神異経(抄)
  • 海内十洲記(抄)
  • 洞冥記(抄)
  • 趙飛燕外伝
  • 漢武故事(抄)

 『蜀王本紀』『穆天子伝』『燕丹子』の全注訳はおそらく本邦初の試みでしょう。
 ことに、『穆天子伝』は本文上の問題が多過ぎて読みにくいことこの上なく、本文整定、読み下し、現代語訳、語注、いずれにも多大な困難があったであろうと想像されます。それだけに、「紙幅の都合により、一部、原文・書き下し文を省略した」(74頁)のは残念です。解釈の根拠が示されないというのはやはり不安ですし、日本の読者に信頼できる定本を提供するのも有意義だったはずです。一読して注釈者の苦労が端々に偲ばれるだけに、これが画龍点睛を欠くことにならないか、懼れています。

蛇足

 『蜀王本紀』・『山海経』・『西京雑記』・『洞冥記』の参考文献に、

李剣国 『唐前志怪小説史』(南開大学出版社 一九八四年)

が挙げられているのですが、実は2005年に修訂版が出ていて、言及するならそっちだろう、と思っていたら、『神異経』・『海内十洲記』の参考文献には、『唐前志怪小説史―修訂本』(天津教育出版社)をちゃんと紹介しています。担当者が異なるためにこういう事態が起こるのでしょうが、全体を統一する監修が求められます。
 そもそも、李剣国氏のこの著作は本書に収録されている全作品に関わる優れた研究書なので、本来ならば「本巻全般に関する主な参考文献」(8〜9頁)に掲載すべきものです。また、同氏の『唐前志怪小説輯釈』は、本書に収録されているような小説各書から数条を選録し、詳細な注釈を付したもので、これも必見の書。なぜか、『蜀王本紀』の参考文献にだけ挙げられていますが。
 さらについでなのですが、その「本巻全般に関する主な参考文献」で、魯迅の『中国小説史略』の邦訳として中島長文氏の平凡社東洋文庫版だけを挙げるのは少しフェアではないと感じます。ちくま学芸文庫に入った今村与志雄氏の訳・注は今でも有益です。