延々と文字談義が続きます。この連載もあと1回くらいあるかな。
「87 唐詩文叢鈔 1紙」
図録132頁。この写本については『敦煌詩集残巻輯考』(中華書局)に解説と翻刻があり(21〜40頁)、大変有益なのですが、このたび実物の写真を図録で見るにつけ、ちょっとおかしいことにいくつか気づきまして。
翻刻本の検証――「冷」
『敦煌詩集残巻輯考』の翻刻によると(39頁)、白居易詩の第一首の第六句は、
翼泠(冷)騰空飛動遅
つまり、写本では第二字が「泠」(さんずい)となっているけど、現行のかたち(『白氏長慶集』や『全唐詩』など)では「冷」(にすい)になっているという注記です。本文の異同を細かく指摘する試み自体は結構なことですが、実際の写本の字を見てみると、
にすいが左上に偏って書かれるのはよくあることで(図録63や空海の「風信帖」にもありますね)、これは紛れもなく「冷」です。翻刻本は、あらずもがなの注記をしているわけで、同様のことを次の第七句でもやっています。
翻刻本の検証――「網」
江僮持綱(網)捕将去
「綱」(つな)と「網」(あみ)は、現在の我々でも間違いやすい字ですよね。ここは雁を捕えようとしているのですから、「網」が正しく(「綱」でも良いと言う人もいるかもしれませんが)、もし写本に「綱」とあれば、それは誤写になります。しかし、
これは明白に「網」の異体字(というよりも、この形が一般的)です。『敦煌詩集残巻輯考』は写本の字を読み誤った挙句、わざわざ現行の正しい字を注記する(最初からその字で書いてあるのですが)という滑稽なことをしているわけですね。