益田勝実氏
人は文章を感動してそらんじている。敵愾心をかりたてられた文を、肝に銘じて忘れない。とっくに忘れたと思っていた言い回し、なにかで読んだ句が、どこかで聞いたことばのひとくさりが、突如としてよみがえってきて、現にそれを使って書いている。記憶のかなたからもどってくる語にいたっては、数しれない。ことばを操るとき、表現が主体の内部世界の闇をついて出てくるというのは、この〈たくわえられた内言〉あってのことである。もろもろの日常の生活言語、同時代の〈文学〉、古典遺産の言語表現、それらがわたくしたちの〈内なることばの国〉を形成するものとして、持続的に機能しており、決して生のままの姿を見せようとしないが、内側での表現の組み立てに参加し、大きな作用をしている。直接そのはたらきは眼には見えないが、人ごとの〈内なることばの国〉の乏しさが、人の言語表現をはばみ、あるいはやせ細らせている現象から、逆にそれを推測することができる。
「〈内なることばの国〉建設のために」(『益田勝実の仕事5』、411頁。初出1979年)
- 作者: 鈴木日出男,天野紀代子,幸田国広
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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益田 勝実さん(ますだ・かつみ=国文学者、元法政大教授)が2月6日、老衰で死去した。86歳。葬儀は近親者で行った。喪主はめい岡田清子さん。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0320/TKY201003200245.html
御著書を通じて学ぶばかりで、残念ながら親炙に浴する機会はありませんでした。