真・初心者のための仏教講座(5)

 一般的な注意点の二つ目ですが、それは日本仏教の宗派*1についてです。
 かつて日本は「八宗」と総称される宗派が朝廷の公認を受けていました。南都(奈良のことです)六宗(倶舎宗成実宗律宗法相宗三論宗華厳宗)に、平安時代に公認された天台宗真言宗を加えた八つということになります。禅や浄土信仰もかなり早い段階から広い支持を受けていましたが、独立した宗派として認められていたものではありません。鎌倉新仏教の興隆以前の日本仏教界の姿はこんな感じでした。凝然『八宗綱要』の「八宗」がこれです。
 余談ですが、八宗という用語は現代では全く異なる意味のようで、その事情を知らなかったわたしが『八宗総覧 日本仏教編年大鑑』(四季社)を見て、年表が「南都六宗」「天台宗」「真言宗」「浄土宗」「真宗」「臨済宗」「曹洞宗」「日蓮宗」に分類されていて少しびっくりしまして・・・。現代日本の現実に即して考えれば、こういう分類は当然なのですが。

日本仏教編年大鑑―八宗総覧

日本仏教編年大鑑―八宗総覧

 ちなみに、明治時代に出た『鼇頭十二宗綱要』の十二宗は伝統的な八宗に「浄土宗」「禅宗」「真宗」「日蓮宗」を加えたものです。
 鎌倉新仏教についてはまったく手つかずの状態なので、その辺りのことはどなたかに御教示いただくとして、伝統的な八宗がどういうものかを知るための簡便なガイドブックが、上述した『八宗綱要』です。著者の凝然はまさに八宗兼学の天才。『沙石集』の著者である無住は十五歳ほど先輩にあたります。
 日本仏教「入門書」といっても、『倶舎論』と同様に、とてもそのままですぐに読めるようなものではありません。ありがたいことに、読み下し、現代語訳、語義注等がついた文庫版によって『八宗綱要』はだいぶ身近なものになりました。
八宗綱要 (講談社学術文庫)

八宗綱要 (講談社学術文庫)

 ここで注意しなければならないのは、仏教学はたんに仏教の術語を理解すればそれで分るというものではない。仏教学は広い意味での人間学であり、人間の生きた相を仏の世界からえがいたものが仏教学である。
(中略)
 仏教に八宗(倶舎宗成実宗律宗法相宗三論宗天台宗華厳宗真言宗)ないし十宗(八宗に浄土教禅宗を加える)あるのは、人間に対する理解や、解釈の相違からきている。別に八種類の人間が存在するというのではなく、人間を理解する側面には八つあるということである。人間の生存そのものを八つの面からみようとして八宗が生れたと考えればよい。仏教に八宗があるといっても、その根は釈迦の教えにあることは論をまたない。

(「八宗綱要を読むにあたって」18〜19頁)
 というわけで、詳細はすべて本書に譲るとして、天台教学と浄土教を入口に、何十年かかけて(なんと愚鈍な・・・)八宗兼学となることを目指している私が表面を軽くなぞった程度で感じたのは、律宗はやや特殊で、まるで現代の民法刑法解釈のような煩瑣な議論が難解で(『梵網経』とかは避けられない大事な仏典なのですが・・・)あること、そして、「即事而真」の真言宗密教)はやはりほかの顕教とはだいぶおもむきを異にしていて、これはちょっと大変だなという感触です。密教は教義そのものも特殊ですが、とにかく儀軌の解説が必要不可欠で、私も一応『覚禅抄』は手元にあるのですが、独学の限界を感じます。

*1:まあ日本の場合、倶舎宗成実宗のように、宗派というよりも学派と言ったほうが正確なものも含まれていますが。