真・初心者のための仏教講座(4)

 さて、入門書の(というにはあまりにも高度ですが)『倶舎論』を学んだ後は、どの仏典を読むべきでしょうか。これもまた予告的にいえば、実は、ここから先は宗派任せのようなところがあるのですが。
 そこで、まず、仏典を読む際の一般的な注意点を。たとえば、『法華経』を読んでみようということになったとします。岩波文庫の三冊本『法華経』を手にするのが、おそらく普通でしょう。

法華経〈上〉 (岩波文庫)

法華経〈上〉 (岩波文庫)

法華経〈中〉 (岩波文庫)

法華経〈中〉 (岩波文庫)

法華経〈下〉 (岩波文庫 青 304-3)

法華経〈下〉 (岩波文庫 青 304-3)

 それは良いのですが、わたしの経験からいっても、岩波文庫版など現代の読者を対象にした本を利用していると、どうしても漫然とダラダラ読み進めていってしまいますよね。
 しかし、伝統的な読み方はそうではなく、「科段」が非常に大事であったということは覚えておいたほうがいいでしょう。つまり、仏典はそれぞれ極めて整然と体系化されている構造物だと学僧たちは信じていたので(実際にそうでもあるのですが)、本文を段落分けしていき(大きい段落から小さい段落へと枝分かれするように分けていきます。ヴィトゲンシュタイン論理哲学論考』のように)、それぞれの段落がどのような意味を持っているのかを逐一明らかにしていくというのが仏典注釈の基本的スタイルでした。
 たとえば、前回(3)で紹介した円暉『倶舎論頌疏』に登場してもらいましょう。「世間品」の注釈の冒頭はこうあります。

従此第三。明世間品。於中有二。一者明有情世間。二者明器世間。就明有情世間中有二。一総弁有情。二判聚差別。就総弁有情。復分三段。一明有情生。二明有情住。三明有情没。就初明有情生中。復分九種。一明三界。二明五趣。三明七識住。四明九有情居。五明四識住。六明四生。七明中有。八明縁起。九明四有。此下第一。一明三界者。(以下略)

 「従此第三。明世間品。於中有二」、これより『倶舎論』第三巻「世間品」を明らかにする箇所は内容的に2つの段落に分けられるといいます。つまり、「一者明有情世間。二者明器世間」、1つは「有情世間」、2つ目は「器世間」の解説だということです。
 ここからさらに小段落に分かれていき、「明有情世間」の部分はやはり2つの段落(「総弁有情」、総論にあたる部分と、「判聚差別」、各論に区別される部分)に、そしてその「総弁有情」についてはさらに3つの段落(「明有情生」「明有情住」「明有情没」)に、そしてそのはじめの「明有情生」はさらに9つの段落に分かれ、今から取り上げるのは、その最初の「明三界」(欲界・色界・無色界を説明する箇所)だということになります。
 あらかじめ見取り図を書いておかないと忘れてしまいますよ。
 『法華経』も同じことで、たとえば、伝統的な注釈の体裁をとる織田得能『法華経講義』を見てみますと、序品の「爾時世尊・・・」のところ(岩波文庫・上巻18頁)は、

已下別序の中五段に分かれ第一に衆集序。第二に現瑞序。第三に疑念序。第四に発問序。第五に答問序なり。今は先つ第一の衆集序にて多種の同聞衆が一処に集りて教主を恭敬尊重するを明かす。

「別序」(これも一種の段落分けです)のなかに5つの段落がある、とこんな感じになります。それで、第2の現瑞序の段落(「為諸菩薩・・・」)に行くと、

此より以下別序の中の第二現瑞序なり。此中に此土の六瑞と他土の六瑞との二種あり。先つ此土の六瑞の中。此は第一の説法瑞なり。

ここは「此土(わたしたちの娑婆世界)六瑞」と「他土六瑞」の2つの段落に分かれ、さらにそれぞれ6つの段落に分かれるということです。
 慣れていないと読み進めるのに難渋するスタイルなのですが、慣れると仏典理解の大きな助けになりますし、なにしろ伝統的な注釈書にとりかかるための準備運動になります。
 [仏] - Cask Strength