真・初心者のための仏教講座(3)

 『倶舎論』が重要だといっても、正直いって、これに全部目を通すというのはかなり難しいと思います。そこでお勧めするのは、長行の部分をとばして、頌の部分だけを読むということです。といっても、頌だけでもその数600あるので、一昼夜で読めるようなものではありませんが・・・根気よくつきあってみてください。
 わたしたちは別に仏教を専門に勉強しているわけではありません。頌だけを受容するのは別に邪道でもなんでもなくて、現に『枕草子』(「正月に寺に籠りたるは」)に、

帯ばかりうちしたる若き法師ばらの・・・倶舎の頌など誦じつつありくこそ、所につけてはをかしけれ。

とあるわけで、王朝時代の人々にとって『倶舎論』(に限らないのですが)の頌の部分はなじみ深かったわけです。
 しかし、頌の部分はそのままでは全く理解不能なので、頌に特化して読み下し・注釈・解説をおこなった、桜部建『倶舎論』(仏典講座、大蔵出版)に頼ることになります(本書は「分別定品」については論の部分も取り上げています)。

倶舎論 (佛典講座)

倶舎論 (佛典講座)

 おそらく紙幅の都合だったと思うのですが、本書の解説でも不十分なところがあるのは仕方ないですね。そういう場合は、やはり論(長行)にあたるべきでしょう。または、頌の部分の古典的注釈書として広く読まれた唐・円暉『倶舎論頌疏』(大正新脩大蔵経第41巻)のほうが論よりもわかりやすい解説をしている場合がありますので、覚えておくといいと思います。わたしは『倶舎論頌疏』に返り点と頭注をつけた『冠註講苑倶舎論頌疏』を利用しています。
 それでも読む気が起こらない、という場合は、せめて「分別世品」(分別世間品、世間品とも)というチャプターだけでも読んでおくと面白いのではないかと思います。ここに示されているのは典型的な仏教的世界像として、近代科学の導入によって完全に崩壊するまで、日本人をはじめ仏教徒が普通に信じていた世界観です。たとえば、

安立器世間 風輪最居下 其量広無数 厚十六洛叉
次上水輪深 十一億二万 下八洛叉水 余凝結成金
此水金輪広 径十二洛叉 三千四百半 周囲此三倍
蘇迷盧処中 次踰健達羅 伊沙駄羅山 朅地洛迦山
蘇達梨舍那 頞湿縛羯拏 毘那怛迦山 尼民達羅山
於大洲等外 有鉄輪囲山 前七金所成 蘇迷盧四宝
入水皆八万 妙高出亦然 余八半半下 広皆等高量
(中略)
 世間を分って有情世間と器世間の二種とする。器世間とは有情がその中に収まっている器としての自然世界、有情世間とは器世間の中に生きているもろもろの有情の総称である。その二種のうち、まず器世間を説く。
 器世間としての世界を支える最下底の基層は風輪と呼ばれる円盤状の大気の層である。その上に水輪すなわち水の層(水輪)が重なる。水輪の上層部は凝結して金の層(金輪)になっている。金輪の表面の中心に四宝から成る蘇迷盧(須弥山、妙高)が聳える。その外側を七重にとり囲んで、踰健達羅から尼民達羅までの回墻状の七金山がある。(以下略)

(仏典講座『倶舎論』119〜120、124〜125頁)例によって須弥山が登場するわけですが、これによって「金輪際」がどこにあるのかというのも了解されますね。この先をさらに読んでいくと、四洲の説明に入り、たとえばそれによって『海道記』の「北州ノ千年ハ、限ヲ知テ寿ヲ歎ク。南州ノ不定ハ、期ヲ知ズシテ寿ヲ楽シム」(四月十五日)がよく理解できるようになるなど、ともかく、ここら辺は熟読しておくべきです。
 定方晟『須弥山と極楽』(講談社現代新書)も大いに参考になるでしょう。地獄等の三界のありさまについては『往生要集』大文第一にも目を通しておく。

須弥山と極楽 -仏教の宇宙観- (講談社現代新書)

須弥山と極楽 -仏教の宇宙観- (講談社現代新書)

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