特別展覧会「シルクロード 文字を辿って――ロシア探検隊収集の文物」(@京博)

 図録が到着しました。
http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/090714/tokubetsu.html
 「文字」好きには必見の展覧会ですよ〜。西夏文字チベット文字の造形美は、やはり秀逸ですね。

 とはいえ、今回注目していたのは吐魯番(トルファン)・敦煌出土漢文文献でした(図録でいえば第3章等)。西域出土文書というと、一般的にはスタインやペリオが敦煌から持ち出したものが有名で、サンクトペテルブルクロシア科学アカデミー)の物はあまり目にする機会がないので。「82『玉篇』残片1紙」(127頁)なんてのは、ちょっとおもしろいですね。
 以下、余談二題。

「58 『黄石公三略』1紙」


 図録94〜95頁。図録では言及されていませんが、「河使」の「河」字の右下に小さく書かれている片仮名の「レ」のような記号は倒置符(転倒符)です。つまり、本来は「使河」と書くべきところを「河使」と書いてしまったので、上下の文字を入れ替えるように、という訂正の印ですね。
 東野治之「抹消符と倒置符」(『書の古代史』)によると、倒置符は古くは「乙」のような形だったものが、中国の南北朝末頃に「レ」の形へと交替したようです。図録によると、この写本は5〜6世紀のものとのことなので、この「レ」形倒置符はだいぶ古い例になるのではないでしょうか。

「59 『淮南子』断片5紙」

 図録96〜97頁。まずは図録の訂正から。挙げられている5紙のうち、図録ではcがДx7892として提示されていますが(巻末の出品目録もそのまま誤っています)、正しくはcとdがДx17463で、eがДx7892です。
 さて、『淮南子』には高誘の注と許慎の注という二種の古い注釈があるのですが、「当写本の双行注は散佚した許慎のものと考えられる」(97頁)ということで非常に貴重。

 「ゝ(羶)者陽□(欠字)揚万物也」が許慎注。
 現行の高誘注では「木味酸。酸之言鑽也、万物鑽地而生。羶、木香羶」となっています。
 なぜここが興味深いかというと、清の時代の学者である陶方蒅は「酸之言鑽也、万物鑽地而生」の部分について、許慎注が紛れ込んだのであろうと推測していたのです。しかし、許慎注の実物が出てきたことで、その説は否定されてしまったということになりますね。『淮南子』は、主に清朝考証学者たちによる本文校訂の(並々ならぬ)努力によって正確に読めるようになった部分が多いのですが、逸文推定の難しさが思い知らされる件です。

 なお、dの4行目第1字は「稱」のようになっていて、現行本でも「稱」なのですが、これも清朝や近現代の学者によって「桶」の誤りだろうとされている字です。かれらの言い分は理にかなっていて、たしかに「桶」の方が良いのではないかと思いますが、このようにだいぶ古い写本でも「稱」の字になっているのは、少し考えさせられるところがあります。
(2011年8月24日追記:『捜神記』に言及される「顛倒符」について - Cask Strength