「夷」を伏せ字とする清朝の書籍

 千字文註坿清書千字文 - Google ブックス
 本書は尤珍書『清書千字文』を付した汪嘯尹纂輯・孫呂吉参註・蔡汪蒴較正『千字文註』の和刻本で、正徳五年(一七一五年)の刊記があります。「清書」とは満洲文字のことです。
 『千字文』はもっぱら李暹注系の本で読んでいたので、これも一応見ておくかと思い立ち、ぱらぱらと目をあてていたのですが、面白い箇所がありました。「臣伏戎羌」の注釈です。

http://books.google.co.jp/books?id=xdEFJOd8qYMC&hl=ja&pg=PT65#v=onepage&q&f=false
 注の2、3、4、6行目に空白を作って伏せ字になっています。これ、全て「夷」という字が入るべき箇所です(「四夷」「外夷」)。
 初期の清刻本では、異民族が建てた王朝である清朝に遠慮して、「夷」「狄」「胡」「戎」「虜」といった字を、あたかも避諱のように、空白にしたり別の字に変えたりしていたらしいことが『史諱挙例』が引く雍正帝のことばによって知られています。

雍正十一年四月己卯諭内閣:「朕覧本朝人刊写書籍、凡遇胡虜夷狄等字、毎作空白、又或改易形声、如以夷為彝、以虜為鹵之類、殊不可解。(以下略)

(『史諱挙例』巻二。文史哲出版社版、32頁)――現代人が刊行したり写したりした書籍に目を通してみると、「胡」「虜」「夷」「狄」といった字の部分でいつも空白になっていたり、あるいは「夷」を「彝」、「虜」を「鹵」と、似た音の字に改めているのは、まことに不可解だ。
 結局どういう沙汰になったかと言いますと、以後の刊行物でこのような処置をした場合は「照大不敬律治罪」(同上)というわけで、おそらくこの慣行は間もなく姿を消したのだと思います。
 そこで、この『千字文註』がこの伏せ字の形態をとどめているのは面白いなあ、と思ったわけです。元の版のかたちを残したのでしょうか。
 まあ、清初に刊行された本を私はあまり見たことがないので(不勉強だ・・・)そんなに珍しいものではないかもしれませんけど。